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Merry Christmas & Happy New Year!


 でぃんぐどんぐと鐘が鳴る。今年も忘れず鳴り響く。
 それは聖堂が知らせる時の調べか、はたまた壊れかけたスピーカーの機械音。



Who and who are talking?



【1】
「あ、いたいた。探してたんですよ。早く行かないとみんな待っています」
 彼は彼女の手を取ると、先導して歩きだした。
 少し先を急く足。半ば引っ張られるように連れられていく彼女は、自然小走りとなる。
「ちょ、ちょっとどこに行くのよ!」
「着いてからの、お楽しみです。ここのお祭りは他と違って、少し変わっていますから」
 おもしろいんですよ、と彼は振り向きざまに楽し気に首を傾げた。



【2】
 部屋から出るはずだった彼女は、くんっ、と長い髪を引っ張られて、立ち止まらされた。
「だーかーらー。どーして髪をひっぱるのよ、髪を!」
「掴みやすい。で、これ何て読むか教えて行ってくれ。分けようにも図がついてないから、全く見当がつかない」
「なんで私に聞くのよ、私に。というか、あの時、ちゃんと覚えなかったのが悪いんでしょう?」
「あのなぁ。あれに聞いたら、余計時間がかかるだろうが」
 本の中に埋もれている老人を見やり、彼女は「あぁ」と同意の溜息をつく。
 そうして、彼の示す皮の表紙に刻印されている金字を一度指の腹でなぞった。




【3】
「え、クリスマスケーキが三つ?」
 驚く彼に、匙で掬ったいちごのムースを口に運んだ彼女は幸せそうに頷く。
「はい。父が仕事で買わされたのが一つ、姉がバイト先で買わされたのが一つ、母もそれを知らずにケーキ屋さんに予約しちゃったらしいので、合計三つです」
「あぁ、なるほど。バイト先では、僕も一つ買わされたからね」
「え。買ったんですか!」
「え。何でそこで目を輝かせるの」
「私、食べますよ!」
「四つも食べるの?」
「よっゆうですよー」
 どーんとお任せあれ、と胸を叩いた彼女に、彼は呆れ顔になる。
「いや、うん、助かるだけどさ」
 それって大丈夫なんだろうか、と考えただけで凭れてきた胃を癒すべく彼はコーヒーを口にした。



【4】
「…………」
 調理の手を止めて、つい、と眉根を寄せた少女に、彼は離れた場所に置いてあった魚の干物を手に取った。
「ん? これか?」
「うん、これ」
 ありがとう、と言いかけた彼女は、その中途、くしゅんと腰を曲げてくしゃみをする。
 ぐすぐすと鼻をすすり始めた少女の額に、彼はすぐさま掌を寄せた。
「熱は、まだないか」
「匂いがしない」
「あぁ、だからか」
 普段なら迷うことなく手を動かす彼女が惑った理由に、彼は得心する。
 もどかしいのか、少女はうぅと呻いた。
 確かミツレ草を乾かしたものをどこかに仕舞い込んだはずだ。
 身体をあたためるのによい薬草を探す為、彼はくしゅんくしゅんと繰り返しくしゃみの聞こえる厨を後にした。




【5】
 夜も随分と更けた。踊る人影が目に見えて数を減らす。
 ほどよく酒と歓談の回り始めた頃合いを見計らって、彼女は広間を抜け出した。
 主役であるはずの星を置いてきぼりにしている祭りは、星空よりもずっと眩く灯りを庭へ照らし出す。 
「何をしているんですか」
 外壁に寄り掛かっていた人物に、彼女は呆れた目を向ける。顔を上げた男は、ふと白い息を取り巻いて微笑った。
「あなたを待っていたんですよ」
「よくも毎年、同じ嘘ばかりつけますね」
 探されていましたよ、と付け加える彼女に、彼は興味薄そうに「そうですか」と呟いた。
「あなたも探しましたか?」
「探すまでもないです。星夜祭の時は、いつだってここにいるじゃないですか。
 本当に、こんなところに隠れるくらいなら、さっさと屋敷に戻ってしまえばよいものを」
「見ないよりかは、見ていた方が幾分気がまぎれるので」
 彼女が首を傾げれば、彼はやんわりと笑ってその先を濁す。
 送りましょう、と壁から背を離した彼の去年の言葉の意味を理解してしまった彼女は、暮れかかる夕日に照らされた庭の草葉に一人視線を落とした。



【6】
「何を作っているんだい?」
 よほど集中しているのだろう。
 家から持ってきたのだと言う彩糸を丹念に縒り合せている少女は、顔を上げようとはしなかった。
 真剣な面持ちで指を動かし続ける少女の動作は、彼の目には不可解に映って仕方がない。
「布地が必要なのかい? もしも織っているのなら、布を持ってきた方が早いよ」
「違うのよ。糸と糸とをあわせて繋いでいくだけ。布を作ろうとしているわけじゃないわ」
 何を言い出すのか、と男の予想を否定した少女は、動きを止めた指を膝に休ませると、肩を竦めて彼を見上げた。
「年の瀬には毎年こうやって祈るのよ。今年繋いだ縁が、来年も繋がっていますようにって」




【7】
 目を覚ました彼女は、おぼろげな視界に映った花の紅さに目を丸くした。
 身を起こせば、身体にも数多載っていたのか、ほろりほろりと紅花が布団の上を転げ落ちる。
 よく知る庭先を、そのまま部屋に広げたような景観。
 散らばる紅花に既視感を覚えた彼女は「あ、起きた?」と襖を引いて入ってきた夫の姿に、これが現実であったのだと悟った。
「何これ」
「うん? 帰り道、見事だったからさ」
 起きるには時間あるし昨日庭に転がしてたのを撒いてみました、と悪びれもなく言う夫に彼女は嘆息する。
「綺麗でしょ」
「棺桶の中にいるみたい」
「や。まだ生きててよ」
 膝をついた彼は、寝癖ひとつついていない彼女の黒髪を指先で辿って、耳にかける。
 はっきりと顕わになった訝しげな顔に、「ね?」と首を傾げた彼は、手にした一輪の紅花を彼女の胸に押し抱かせた。



【8】
 彼は、くるくると巻き付けていた淡色の金髪を指から離すと、今度はわしゃわしゃと髪を掻き撫ぜ始めた。
 もつれて絡まった長い髪。それでも彼女は大して動じもせず、むしろ、にこにこと乱れた髪の合間から紫の双眸を覗かせる。
 半ば肩すかしをくらった気分にとらわれながらも諦めきれぬ彼は、相手の反応を伺うべく黙したまま睥睨してみた。
「……何やってるんですか、あなたは」
 入室するなり、まるで悟りをひらいたかのような諦観と共に吐かれた文言。
 ちら、と側近に意識をずらした彼は、立ったまま向かい合っていた女の髪を手で梳かし始めた。
「そういえば怒ったとこ見たことないなぁ、と思ってな」 
「あぁ、そうですか。分かりました。えぇ、そんなとこだろうとは思っていました。
 ――まったく。あなたも、どうして怒らないんですか!」
 怒りだした王の側近に、ふと彼女はおかしそうに口元を綻ばせる。
「だって、怒る理由が見当たりませんでした」




【9】
「早く終わってしまえばいいのに」
 はるか眼下に広がる街にはいつもよりも長く光が灯る。
 きっとひとつひとつは心許ないのだろう燭台の灯火は、それでも充分に家々の在り処をぼんやりと浮かび上がらせていた。
 窓枠に寄り添っていた少女は、抱え込んだ両膝に顔を埋めて蹲る。
 人は年の最後を温かな部屋で家族と過ごす。
 そうして、夕の刻から日の出の刻まで等しく時間をおいて全部でよっつ分。
 年と年の間にひとつずつ打ち鳴らされていく聖堂の鐘に耳を澄ませて大切な人の平穏を祈るのだ。
 唯一の家族と言える老婆と過ごそうにも地表までは遠く隔たりがあると言うのに、真っ暗な夜は見下ろしても育て親の姿さえ見出せない。
 毎日のようにここを訪れてくれる少年も、夕にはさっさと帰ってしまった。
 今頃、彼は両親と年の離れた兄と共にこの日の為にたくさんあつらえられたごちそうを取り囲んでいるのだろう。
 そうと思うと、ますます自分が立たされている状況が恨めしくなってくる。
「きらい。きらい。こんな日、きらい」
 つんと痛みだした鼻をごまかす為に、少女は唇を噛む。
 勝手に熱くなった喉の奥がひりひりと痛んだ。
「泣いてるの?」
 突然降ってきた声に、少女はハッとして顔を上げた。
 夕に別れたはずの少年の姿が窓枠を股越して、ひょいと部屋に入り込んできたことに、驚いて目を瞬かせる。
「なんで?」
「えーっと。おれんちの家族全員、こっちの御馳走にお呼ばれしたから?」
「そうじゃなくって!」
 昼はともかく、夜に塔を這いのぼるなんて真似できるはずがない。加えて、少年は縄も何も手にしてはいなかった。
 一体どうやって塔の上まで登って来たのかと、彼女は声を荒げた。
「なんか今日は婆さんの力が一番強くなる日なんだって。それでも自分を持ちあげるには、ひどく手間がかかるらしくって、おれに代わりに行って来いって。
 でも、どうしてここ、灯りも何もつけてないのさ。もう寝ちゃってるのかと思ったよ」
 少女は、慌てて部屋中の燭台に光を灯して回った。それと前後して、部屋の窓から皿が次々と飛び込んでくる。
 ふよふよと宙を漂いながら順に床に着地しだした料理の数々に、彼女は言葉を詰まらせた。
 いいの? と少女は、目の前の彼に問う。少年は考える間もなくあっさりと頷いた。
「いいのって、これ、二人分でしょ? 下は下で、みんなお酒飲みだしてたし」
 はい、と少年は少女にフォークを一本差し出す。
 少女は、勢い余って彼に抱きついた。今年、出会えた少年に彼女はぎゅぅとしがみつく。
 まるで出会ったあの日と同じように。あったかくてやわらかくって。
 少女はほろほろと零れそうな何かを押しとどめて、少年の肩口で、ふふふと笑みを漏らした。
 でぃーん、でぃーん、と今夜最初の鐘が鳴る。
 えっと、と少年は二人分のフォークを握りしめたまま、笑いを噛み殺しているらしい少女の身体を抱き返してみた。
 ぽんぽんと、抱きとめてることを示すように彼は戸惑いがちに少女の背を叩く。
「婆さんは、きっと誰よりも一番に君のことを大切に思ってるよ。
 だけど、今日は代わりに、ちゃんとおれも祈っておくから」
 うん、と少女はどうしようも嬉しくなって何度も頷いた。
「ありがとう。ありがとう、二人とも」



Thanks a lot for everything!

One day, in the forest.

あるひの森の中

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