今は昔、竹取の翁といふものありけり。 野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことにつかひけり。 名をば、シェラートとなむいひける。 第一幕 とある姫のおひたち ――と、言うわけで、いつものように山へ仕事に出かけたシェラートじいさんは、そこで一本の奇妙な竹を見つけました。 周辺にあるのが、何の変哲もない竹な分だけ、ピコーン、ピコーンと点滅している竹の根元はとても目立ちます。 シェラートは、首を捻りました。一体どうしてあの竹は光っているのだろう。不思議に思ったシェラートはとりあえず竹を切ってみることにしました。 「…………」 シェラートは、怪訝気に眉根を寄せて、まじまじと光る不思議な竹と向き合います。そして、竹を切りました。 「いや、切るって、明らかに怪しいだろう。何が入ってるんだ」 竹をきーりーまーしーたっ! 「…………」 シェラートじいさんは、抵抗が無駄だとようやく悟ったのか、大きな溜息を吐きだします。それから、人差指で上から下に空気をなぞると、もしもの時に備えて魔法を使い、自分と怪しい竹の間に不可視の防壁を張りました。 竹の中から現れたのは、シェラートじいさんの防壁もむなしく、人畜無害な愛らしい女の子。大きさは三寸ほどでしょうか――……って三寸がどのくらいなのかよく分からないのだけれど。まぁ、いいわ。 「これのどこが……どう見ても木彫りの人形だろ」 とにもかくにも、シェラートじいさんは、こじんまりと竹の中に収まっていたとんでもなく可愛い女の子を家に連れて帰ることにしました。 「まぁ、おじいさん! なんとかわいらしい女の子でしょう。ねぇ、おじいさん?」 家で、シェラートじいさんを迎え入れたおばあさんは嬉々として、おじいさんから気味の悪い人形――じゃなかった、愛くるしい女の子を取り上げると、頬を擦り寄せました。 「おじいさん。子どものない私たちを憐れに思った天が、この子を与えてくださったにちがいありませんね、おじいさん。きっと大切にこの子を育てましょうね、おじいさん」 「……フィシュア、楽しそうだな」 「楽しいもの、おじいさん!」 フィシュアばあさんは、女の子にくっつけていた頬を外すと、人形を腕に抱いたまま、シェラートじいさんを見上げて、にまりにまりと笑いました。 「だって、シェラートのこと、気兼ねなく連呼できるからね。こんな機会そうそうないじゃない。いくら言っても怒られる理由はないし。――ねぇ? おじいさん」 「言っとくが、フィシュアもばあさんなんだからな」 「別に私はおばあさんでも構わないけれど。むしろ、おばあさんになってもこんな風に不自由なく動き回れる体なら、おばあさんも悪くないわ。このままこんなおばあさんになれるなら、おばあさんだって大歓迎よ」 けろりと意味のわからぬ持論を述べたフィシュアに、シェラートは口をつぐみました。 みすぼらしい小屋のような家の中。小さな女の子を相手に、高い高いをして一人遊んでいるフィシュアを尻目に、シェラートは家の中央にある囲炉裏の傍へと腰を落ち着けることにしました。こうなったらもうやけです。 「そうだ、おじいさん。今日の夕飯は何にしましょうか」 「ばあさんの好きな通りにすればいいだろ」 「だって、私、料理できないもの、おじいさん。料理の時はいつもロシュに“見ておくだけでいいですよ”って散々言われてきたから」 フィシュアばあさんは、シェラートじいさんの隣に座ると、真面目な顔をしてそう言いました。 「だけど、まぁ、いい機会かもしれないわね。挑戦してみようかしら」 言って、フィシュアばあさんは、女の子を床に寝転がしました。 包丁を取りに行くのが面倒だから、と着物の裾をめくり上げ、早速脚に仕込んでいた短剣を取り出したフィシュアばあさん。シェラートじいさんは、慌てて彼女から短剣を取り上げました。 「やっぱ俺が作るからフィシュアは、いい」 なんとなく先が見えてしまったのが嫌なようですが、賢明な判断です。仕方がないので、彼は素直に囲炉裏に火を入れることにしました。 それにしてもこの服は動きにくいわよね、とぼやきつつ彼女はなおされた裾をつまみあげます。暢気にも空腹を訴え始めたフィシュアに、シェラートじいさんはもう一度溜息をついたのです。 *** 不思議なことは続くものなのか、シェラートじいさんが子を家に連れ帰った後、彼が切る竹、切る竹から黄金があふれてきました。一気にお金持ちとなったシェラートじいさんは、フィシュアばあさんの指示のもと、屋敷を建て、召使いを置いたりと、次々に整えていき、いつの間にやら指折りの名士へのし上がっていました。 その間、竹から生まれた女の子の方もすくすくと順調に成長を遂げておりました。そのはやさたるや、三月で立派な年頃の娘になるという具合。あれよあれよと言う間に大きくなった彼女は、それは大層美しい娘となったのです。 薄色のけぶる睫毛の下にある、葡萄に似た鮮やかな紫の瞳。きめ細かな肌の白さは、真珠の如く、流れる淡い金の髪は透き通った月光のよう。比べる者がいないほどの美しい娘の評判は、瞬く間に広がり、彼女を一目見ようと屋敷の垣根には人だかりができるほどでした。 ところかわりまして――神主の有馬は非常に悩んでおりました。 あろうことか、近頃、とみに噂を耳にするようになった彼の娘の名付けを頼まれてしまったのです。 「……と言われても、急に名前なんて思いつかないんだけど」 有馬は一応考えてみました。けれども、やはりよい名前は浮かびません。 少し時間を置いてみるか、と気分転換に彼は一度今いる部屋を出ることにしました。 ――と、有馬は、部屋の出口近くにある棚に目を止めました。 古本屋に出そうと思って奥から引っ張り出したのはいいが売りに行っていないけどたまに懐かしすぎて読みたくなって読んだりとかしてたらやっぱり売りに行き忘れると、誰かが呟いていた本がずらりと前列を陣取っているその棚。 偶然か必然か。棚に並ぶ本の内、あるシリーズ本(歯抜け)が、有馬の目に止まってしまいました。 「アナトゥー……」 「まぁ、どうせ思いつかないし。ひっくり返しただけだけど」 これでいっか、と有馬は部屋に引き返すと、短冊にさらさらと名前を書きつけることにしたのです。 ――トゥーアナ、と。【どこまでも実話】 |