世界の男、貴なるも賤しきも、いかで、このトゥーアナを得てしがな見てしがな、と音に聞きめでて惑ふ。
 そのあたりの垣にも家の外にも居る人だに、容易く見るまじきものを、夜は安きいもねず、闇の夜に出でても穴を抉り、ここかしこより覗き垣間惑ひあへり。



第二幕 つまどひ



 娘の長い金の髪をくしけずっていたフィシュアばあさんは、ふと櫛を止め、ほうと溜息をつきました。
「サラサラストレート……羨ましい……」
「え……あ、ありがとうございます」
 トゥーアナは、困惑気に苦笑すると、髪を一房手にしたまましげしげと眺めているフィシュアに戸惑いながらも礼を述べました。
 さて、シェラートじいさんはと言うと、トゥーアナ目当てに連日屋敷に張り付く男共を撃退していたのですが、いつの時代も諦めの悪い人はいるもの。とうとう断り切れなかった若者たちが五人、屋敷に集うことになってしまいました。
 若者五人。それぞれ右から――

 実己(みこ) 【二十八歳 元武人の現皇子】
 ロウリエ 【二十六歳 元領主の現皇子】
 テトラン 【十歳 元村の少年の現右大臣】
 ランスリーフェン 【二十四歳 元宰相の現大納言】
 ロシュ 【二十七 元護衛官の現中納言】
 (※注 ロウリエはラスリーに合わせるべくfour o’clock時間の年齢ですがあしからず)


「さぁ、どうする? トゥーアナ。一応年下から年上まで身分がよいのが、よりどりみどりなんだけど。結婚相手はどれがいい?」
「どれがいい、と言われましても……」
 トゥーアナは、応接の間に集った若者たちを衝立からちらりと垣間見ると、言葉を濁しました。
「どうしてもあの方がたの中から選ばなければならないのでしょうか」
「別にトゥーアナが結婚したくないのならしなくてもいいだろう」
 気乗りでないトゥーアナを擁護したのは、シェラートじいさんです。けれども、フィシュアばあさんは、そんな彼をキッと睨みあげました。
「私だって無理にとは言いたくないけど、シェラートの身分くらいじゃ無為に断れないのよ! 見なさいよ、あれ、皇子に大臣が揃っちゃってるじゃないの!」
「それよりも、何であっちにテトがいるんだ。テトこそ結婚なんて早すぎだろう!」
年下から年上までだから」
「何だそれは!」
 ぎゃあぎゃあと言い争い、このままでは喧嘩に発展しかねないおじいさんとおばあさんを、トゥーアナは慌てて止めました。
 確かにあちらに並ぶのは身分のある者ばかり。名が上がったとは言え、所詮成り上がりの田舎のじいさんでしかないシェラートに断れるはずもありません。
 トゥーアナとしてもこれ以上育ての両親を困らせたくはないのです。例え、自分の方に不都合な理由があったとしても。
「わかりました。彼らの要求を受け入れましょう」
 トゥーアナは言いました。
「それでいいのか?」というおじいさんの問いに、彼女は「はい」ときっぱり頷きを返します。
 こうなってくると、途端心配そうな顔を浮かべるのがおばあさんです。「さっきはああ言ったけど」とフィシュアばあさんは口ごもりつつ、トゥーアナのたおやかな手を取りました。
「トゥーアナが本当に嫌なら、いいのよ? ロシュは私の部下だったから、私が帰すことだってできるし、テトは話せば分かってくれると思う。あとの奴らは、シェラートに任せとけば、追っ払えないこともないんじゃないかしら」
「結局は俺か!」
「いいじゃないの、可愛い娘の頼みなんだから」
 フィシュアばあさんはけろりとシェラートじいさんに責任を押し付けると、トゥーアナに向かって「どう?」と首を傾げました。
 トゥーアナは、彼女の提案に目をぱちくりとさせて、けれども、次いでにっこりと微笑みました。二人に迷惑をかけるわけにはまいりません。
 要は、やんわりと断りを入れ、彼らを追い払ってしまえばいいのです。
「大丈夫だと思います。最終的に自分の意志を通すのは割と得意な方ですので」


 果たして、トゥーアナは、もしも、自分の望む品を持って来てくれた人がいたのなら、その方と結婚いたしましょう、と彼らに約束しました。
 一人には、天竺に在るという御石の鉢を。
 一人には、東海の蓬莱山にある玉の枝を。
 またある一人には、唐土にある火鼠の皮衣を、龍の首にある五色に光る玉を、燕が持つ子安貝をいった具合。
 トゥーアナは五人別々に難題を下したのです。

 
 

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