わんくっしょん



 おなごが、三人集まればなんとやら。結局、どの世界においても最終的には恋愛の話に帰結してしまうのは、一緒なんだなぁと、愛花は手にした紅茶をすすりながら思った。
 小さな白い丸テーブルを囲んでのお茶会。今回は庭園ではなく、リシェルの部屋で催されているので、人目をはばかる必要もない。
 結論から言うと、彼女こそが、爆弾発言を落としたわけである。少なくとも、カザリアにとっては充分爆弾と呼ぶにふさわしい発言を。
「そうだ、カザリアさん」と、愛花は、ティーカップを受け皿に戻した。
 カザリアとリシェルの視線が彼女に集まる中、愛花は半ば言いにくそうに、けれど隠せぬ好奇心を黒い眼にきらりと輝かせて、尋ねだしたのである。
「カザリアさんとロウリエさんって、夫婦なんですよね」
「そうだけど?」
「そうなんですよね……。夫婦なんですよね」
「え、ええ?」
「つまり、ええー……っと、その……ちゃんと夫婦なんですよね? 正直、ちょっと想像しにくいなぁ……なんて」
 しどろもどろに繰り返される確認。カザリアは、とうとう首を傾げた。
「ええっと、違うんですよ。妄想してるわけじゃないんだけど、なんだかお二人が揃ってるところってあんまり見ないし、二人でいる時もなんだか友達みたいだから、その……!」
 愛花は必至で事情を説明した。それを見て、リシェルが「あぁ」と納得したように頷く。
「つまり、アイカは、カザリエとロウリエ伯の閨房事情が気になっているのですか?」
「!?」
 ちょうど口に茶を運ぼうとしていたカザリアは、すんでのところで噴き出すことを免れた。代わりに、顎が外れんばかりに口を開くことになった彼女は、唖然とした顔で、旧年来の親友を見やった。
 にもかかわらず、対するリシェルは素面で、ティーカップに口をつけた。今にも零れ落ちそうに見開かれている友人の翠の瞳を逆に不思議そうに見つめ返す。
「そんなに驚くことですか? 夫婦間の性交渉に関しては、何が不自然ということもないと思うのですが」
「わ、分かった! 分かったから、やめてちょうだい、リシェル!!」
 ひぃ! と今にも叫び出しそうになりながらカザリアは、思わず椅子から立ち上がった。一気に沸騰した頭を、何とかごまかそうと彼女は真赤な耳を両手で塞ぐ。
「大体、アイカも何てこと聞くのよ!」
「別に恥ずかしいことでもないでしょう、カザリア。ロウリエ伯は次期当主ですし、それも仕事のようなものです」
「な! だって、私はリシェルとは違ってそっち関係の教育は受けてないのよ! うちの両親は良くも悪くも放任主義だったのよ! そりゃあ、リシェルの場合は、いつ陛下のお手がついてもおかしくはない状況だったし! 実際、あの時は候補にだってあがったのだし!? 国母になるべく育てられたんですもの! 昔からその手の話は慣れてるでしょうけど!? もしかして、本当にそうだったとしても、リシェルは平静でいられるのでしょうけど! さらっと仕事だなんてそんな…………って、うわ……ちょっとなんなのよ、この空気……」
 散々感情に任せてわめいていたカザリアが、はたと我に返ってみれば、目の前に在るのは何とも気まずい空気だった。微妙に、互いの視線を反らしているリシェルと愛花の様子を見て、二人の間柄を思い出す。完全に失態である。
「わ、悪かったわ! ね、私が悪かったから……!」
「アトラスはそんなことしません」
「うんうん、陛下はそういったお人じゃないわね。高潔なお人ですものね。そうよ、アイカ! 断じてリシェルとは、そんなことなかったから安心なさい」
「そうなんだ。他の人とはあったんだ、王様……」
「あああああああああ゛もう……!」
 自ら墓穴にはまったカザリアは、文字通り頭を抱えた。これだから、この手の話題は苦手なのだ。いいことなんて全くない。
「そんなに、陛下の女性遍歴が気になるならセッティングしてあげるから、自分を差し出してきなさいな、アイカ!」
「――な! 何言ってるんですか、カザリアさん! 無理! 無理ですよ!!!」
「何よ! 自分は聞き出そうとしたクセに!」
「それとこれとは話が別です」
「どこが!! 大体、リシェルもリシェルよ! いい加減、認めてラスリーのところに行きなさい。分かりやすすぎるのよ!」
「何で、そうなるんですか。絶対に嫌ですよ!」
 わぁわぁぎゃーぎゃーと騒ぎに発展しつつある会話。
 そうして、彼女たちのお茶会は混迷の一途を辿ったまま幕を閉じることになったのである。


「前々から気になっていたんだが」と、ランスリーフェンは一応前置きだけしてみた。
 王の執務室。と言っても、この場に会しているのは、部屋の主であるアトラウスと宰相のランスリーフェン、そしてなぜか総務部ではあるが長官と言うわけでもなく具体的な役職名もないロウリエの三人のみであって、他は侍従も含め誰もいない。
 つまり、こちら側も取り繕う言葉を必要としない環境が出来上がってしまっていたことが原因だった。
「実際のところ、カザリアってどうなんだ」
 何か仕事をするでもなく投げられた言葉。彼の言い分を聞くならば、後は王の承認を残すのみという状態であり、承認が降りなければ次に進めないものばかりの為、彼自身は待つ間とっても暇らしい。
「はぁ……」とロウリエは曖昧に相槌を打とうとする。
 書類と向き合っていたアトラスは、幼馴染みの真意を悟って、顔を上げた。
「おい、ラスリー」
「だって、あのカザリアだぞ。リシェルに近づく奴らをねじり上げては、投げ飛ばしてたあのカザリアだぞ。あれをどうやって御すんだ」
「一番恩恵を受けてたのは、ラスリーだろう」
「一番目の敵にされてたのも、俺だったけどな」
「まぁ、確かにカザリア嬢は昔から元気だからな」
「正直どう想像しても、ロウリエが投げ飛ばされてる姿しか思い浮かばないんだが。むしろ、カザリアなら首を絞めてきそうだろ」
「ああ、それは……悪いが、ちょっと有り得るな。容赦なく叩かれそうではある」
「スタイル自体はかなりいいんだけどな。カザリアが啼くことなんてあるのか」
「確かに閨で、どうなるのか気になるのは気になるな……」
「――陛下、お手が止まっておりますよ?」
 穏やかに、紡がれた声音。
 会話を止められたフィラディアル王国のトップ二人は、揃って口をつぐむことになった。見るからに柔和そのものな目前に立つ人物の目が笑ってない。
「あんまりその手の話題でカザリアさんをネタにするなら、さすがに怒りますよ?」
「「…………」」
 その日、王の執務室では、国王と宰相が揃って一端の文官に頭を下げるという珍景が見られたのだが、当然ながら、目撃したものは誰ひとりとしていなかったという。