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○年後の話―コトを転がしても変わらぬモノ―


「これ、いただけないかしら」

 さんざん悩んだ挙句、結局手に取った商品を店主に差し出す。
 けれども、店主からは反応がなかなか返って来なかった。
 さっきからじぃと人のことを凝視しては固まっている。店主を見返したところ、やっと彼は夢から覚めたみたいに慌てて口を開いた。
「え? う、あ、はぁ、はいはい、ちょいとお待ちを」
 受け取った商品を持って、店主はそそくさと奥へ引っ込む。
 おかしい。なんだかさっきからおかしいわ。
 人とすれ違うたび、店に寄るたんびに、じろじろと見られている気がする。
 奥に引っ込んだ店主も、商品を包みながら、相変わらずちらちらとこちらを伺っては、目をすがめたり、首を傾げたりしている。
 一体全体、何なのだ。
 まさか。そんなの気のせいだわ、と笑い飛ばせないくらいには怪しさ満点だ。
「お待たせしました……」
 小さな包みを手に戻って来た亭主は、見るからに心ここにあらずと言った風。こう目を皿のようにして見られると居心地が悪いにもほどがある。さっさとここを離れた方がいいのかもしれない。
 仰いだ空は曇り模様。
 注意がおろそかになっている店主の手から、滑り落ちる前にと、商品を受け取る。だけれど、「ありがとう」と声をかけて、店を出て行こうとしたところで、はしっ、と手を掴まれた。
「――蜜色の髪に翠の瞳、青みがかった緑のドレスを着ている五十代の御婦人……やっぱりあんた、カザリア様かね。領主様の奥方様かね」
「そ、そうですが」
 何だ何だ何なのだ。おずおずと頷けば、店主は「おおうっ!」と顔を輝かせた。
「いたーーーーー! 迷子のカザリア様を発見したぞーーーーー!」
 ぐん、と腕を真上に引っ張り上げられて、息が詰まる。店主が発した大声と内容に驚愕していたら、通りで歓声が沸き起こった。
「いたいたいたってさ。やっと見つかった」
「いやぁー、よかったよかった」
「おおい。誰か領主様にお知らせしてこい」
「任せろぃ。おいらがひとっ走り呼んできてやるからな!」
 集まって来た人々の合間から、一人の若者が走り去る。
 次から次へと押し寄せる人の波。圧倒されているうちに、「よかったよかった」とたくさんの人に手を取られては、喜ばれる。
「あ、カザリアさん。よかったです、無事で」
 しばらくして人混みをかきわけ現れたぽやぽやーんとした緊張感のない顔。
「――ロウリィ!」
 私はもちろん現れた夫に手を伸ばして駆け寄りましたとも。そのままびよーんと怒りにまかせて彼の頬を引っ張ってやる為に。
「な、ん、て、こ、と、し、て、る、の、よ、っ!」
「いひゃい、いひゃいですから、カザリアしゃん!」
「知りません! もう知らないから!」
 割れんばかりの拍手喝采。正直、こんなことで拍手されてもいたたまれなさが増すばかりだ。
 つまりはロウリィが街のみんなにお礼を言っている間中、私は大人げなく彼の背に隠れ、なるべく目立たぬよう縮こまっていたのだ。


 曰く。「皆さんにも手伝っていただいた方が、早く見つかるかと思いまして」だそうだ。
 おかげでこっちは恥ずかしさで死にそうよ。もうよい大人が迷子になったことをあろうことか街中、それこそ子どもからお年寄りまでみーんな知っているなんて。
 すれちがうたびに向けられるほほえましげな視線が、やりきれない。
「おかげで、もうこの街は歩けないじゃないのよ」
「そんなこと言われましても。まぁ、一番悪いのはルカなんですが、カザリアさんもです。迷子になったら、迷子になった場所から動かないのが鉄則なんですよ」
 そこにいてくださいねって言ったの聞こえなかったんですか、と咎められて、閉口する。そんなこと言われた覚えはないけれど、少しだけ覚えがある気がしないでもない。
 そもそも、大の大人が迷子になるだなんて、誰が考えるだろうか。心配をかけてしまったのも事実なのだ。
「……悪かったわよ。御迷惑をおかけしました」
 消え入りそうになりながら、顔を俯かせる。
「はい。今後は気をつけて」
 ぽやぽやんとロウリィが言った。情けなさ過ぎて溜息がでるわ。
「あんまり変わっていたので、驚いたでしょう」
 ゆったりと歩き出したロウリィの後ろを「そうね」と呟いて追いかける。
 ぽやぽやしてるだけでぽよぽよーんとまではいかなないロウリィは、昔と変わらずぽっちゃりしていた。そのせいで、年を重ねても皺がのびているのか、年の割に皺が目立たない。それがある意味羨ましい。
 なんだかとっても妙な気分になるのだ。
 あまり変わった気はしないのに、いつの間にか周りがどんどん色を変える。
 大分白髪の増えた髪は、彼の髪色を前よりも随分と薄く見せた。まぁ、それは私も人のこと言えないのでしょうけど。ええ、残念なことに。
「どうかしましたか?」
 ロウリィは立ち止まって、不思議そうに問う。
 蒼い蒼い目。
「……いっそつるっとぱげてしまえばよかったのに」
 冬の小春日和みたいな色は、年月を重ねた分だけ穏やかさと落ち着きを加えた。
「な、どうしてそうなるんですか!」
「だって、昔想像してエーデと一緒に笑い転げたのを思い出したのよ。エーデが“いっそ禿げてしまえば胸がすっとするのに”って」
「…………エーデさんてそんな方でしたっけ」
「ええ、そんな方だったのよ」
 実家の侍女の名を上げて、ロウリィの姿を追い抜かす。
「どうなるかしらって二人で楽しみにしていたのに。残念」
「あの、仮にそうだったとして、それって僕に何の得が……」
「ふむ。額にキスがしやすいわ」
「――額にされたことはない気がするんですが」
「だから、禿げてないからよ」
「ええー」
 それなら結局お得感皆無じゃないですか、とロウリィはぶつくさとぼやく。
「だけど、そうねぇ。やっぱりなんだかんだで老けたわよねぇ」
「それなら、カザリアさんだって、こ」
「――それ以上、描写してごらんなさい? 即刻離縁してやるから」
「イヤー。カザリアさんは、昔と変わらずオウツクシイデスネー」
「…………」
 何だそのとってつけたような棒読みは。逆に失礼だわ。
 とりとめのない会話を繰り返しながら、歩き続ける。
 行き先も特になく、大して辺りに気を回さず歩いていたからだろう。
 街の外れまで来てしまって、ロウリィは足を止めた。
 ぐるりと周囲を囲む壁に開かれた門が、街の終わりを告げる。
 どうしましょうか、とロウリィは外に続く道を眺めながら、問いかけてきた。
「せっかくですから、屋敷までこのまま歩いて帰りますか?」
 先に帰っていてもいいと言った手前、ルカならさっさと帰っているでしょうし、とロウリィは加えて言う。
 門の先。そこには、街の賑やかさとは打って変わって、何にもないだだっ広いだけの野に、一本道がひかれているだけだ。
「ここからだと、どれくらいかかるの?」
「大体一時間くらいでしょうか?」
「――馬車を使いましょうよ」
 きっぱりと言い切ると、ロウリィは苦笑した。
「うん、まぁ、そうですねぇ。一時間はちょっと長いですか」
 のんびりと言って、門から離れたロウリィは、街の中へと引き返す。
 だから、先に歩き出したその背を、自然私はぼんやりと眺めるかたちになった。
 あぁ、だけど確かに。こうやって時間を気にすることがないのは、とても久しぶりかもしれない。
「待って。やっぱり歩いて帰りましょう?」
 くいっ、とロウリィの袖を引っ張って、引きとめる。
 ロウリィは、意外そうな顔をして私を見返した。
「遠いですよ?」
「まぁ、……大丈夫でしょう。だって今日は歩きやすい靴で来たし、動きやすい服で来たし、それに一時間は結構短かったわ」
 ロウリィは、声なく笑う。懐かしいくらいにぽややんと。「そうですね」と彼は私の手を取った。