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○年後の話―モノの結論は選ばないコト―


 ぴかっばりばりどんがらばしゃーん。
 口で言いあらわしたらこんな感じかしら、と言えるだけの余裕があればいいのだけれど。
 目もくらむ光と同時に轟いた雷鳴に、私はロウリィに縋りついた。納屋の外では雨が地を叩き、落ちた途端、跳ね返る無数の雨粒が、地面との境を曖昧にしている。
 街を出てさほど絶たずに降り出した雨。すぐ近くに納屋があったのが不幸中の幸いだった。戸すらない納屋と言っても、雨をしのぐ分には申し分ない。何より雷が鳴り続ける外に立っていなくていいのだから、これ以上のものを求める方が間違っている。
 再び走った稲光に「ひっ」と悲鳴を呑み込む。
「な、なんでこうなるの!」
 雨はざぁざぁと暗い空から降り注ぐ。その合間を縫って走り続ける雷は、一向に収まる気配がない。
 雷だけは駄目なのよ。あれだけは昔っから怖くて仕方がない。
 ぎゅうとロウリィの腕にしがみついても反応など微塵も返ってきはしなかった。もうお約束と言っていい程、こういう時は何の役にも立たないこの人は、私以上に蒼白な顔をしてぴしりと固まっている。
「お願いだから、せめて喋ってちょうだい!」
 例えば、優しく背を擦って怖がらないように慰めてくれるなんて、はなから思っていない。だけど、がくがく身体を引っぱり揺すっても、うんともすんとも言わないのだけは勘弁してほしかった。
 私だって、怖いのに。
 私だって怖いのにっ!
 これを一人で耐えろと言うのか!
 ロウリィは、硬直したまま外を凝視し続ける。諦めた私は涙目になりながら、微動だにしない夫の背をばしばしと叩いたのだ。

***

 名残を惜しむように、最後の雷が遠くでごろごろと唸る。もう光りはしないし、耳をつんざく音もしない。ようやく去ってくれたらしい雷に、緊張していた身体の力が一気に抜けた。
 雨の重たい空気が、納屋に備蓄してある干し草の香りをより一層際立たせる。開きっぱなしの入口からは、強い雨足に押されるように風が入り込んできた。
 雷は止んだものの雨が弱まる気配はない。
「あの、カザリアさん?」
「…………」
「……えーっと、怒ってます、ね?」
 あれだけ叩いてもうんともすんともしなかったくせに、雷が遠ざかって硬直が溶けたらしいロウリィはこちらを伺いつつ、ほやりとのんきに聞いてきた。
「あなた、私が昔から雷苦手なの知ってたわよね?」
「知ってましたけど。カザリアさん、昔、リリたちの前では平気そうだったじゃないですか」
「子どもの前で、大人の私が、泣き叫べるわけがないでしょう!? 安心させるために必死だったに決まってるじゃない」
「つまり、克服したわけじゃなかったんですね。なるほど」
 ぽややんと、一人納得しはじめた夫を睨みつける。克服してたら、涙目になりながら必死に耐えたりなんかしないわよ。私がどれだけ怖かったか分かっているのかしら、この人は。
 思わず口をついて出た溜息に、肩を落とす。
「もう、いいわよ」
「……今度からは気をつけます。できるだけ」
「ええ、そうしてくれるとありがたいわ」
 私と同じくらいロウリィも雷が苦手だってことは、前から知っている。怖いものは怖い。仕方がない。しょうがないから、しがみつける存在がいただけ、今回はマシだったと思うことにした。
「それにしても、よく降るわねぇ」
「まったくやむ気配がありませんねぇ」
 納屋の入口の向こうで勢いよく降る雨を、二人並んで眺める。ざぁざぁと雨が大地を打つ音以外、他には何も聞こえてきそうになかった。
「カザリアさんは」
 ふいに口を切ったロウリィの横顔をちらと覗き見る。雨を降らす曇天を見続けながら彼は静かに問うた。
「こっちに来るつもりですか?」
「よく、わかったわね」
「はい。なんとなく」
 声のない微笑が漏れる。どちらともなく顔を見合わせると、ロウリィも同じような顔をしていた。
 雨に添って風が動く。風に流されているはずの雨雲は、本当に流れているのか分からないくらい分厚く厳かだ。
「そう。そのつもり。あっちで私ができることはもうないから、今回はもうこのままここにいようと思うの。家はもう随分と前からオルジュに任せっきりだったしね」
「そうですね」
「結局、私がここにいれた時間って少なかったけど、今からでも何かできることがあったら手伝いたいの。もうあまりすることはないかもしれないけど」
「そんなことはないですよ」
 たくさん、とロウリィは穏やかに薄蒼の目を和らげる。
「あなたにしか気付けないことがあるでしょう、カザリアさん」
「そうだといいわ。そうありたいと思っていたの」
 いつの間にか握られていた掌を、握り返す。あの日、迷いを断ち切るよう、自分のすべき道へ進むよう、促してくれた掌。それが、今はまたとても近くにあった。
「一緒にいてもいいかしら?」
「もちろん。お願いします」
 ええ、と頷いて、ロウリィの肩に頭を預ける。小さな入口の先に見える世界。絶え間なく雨が降り続ける大地は、ひどくのんびりと穏やかに広がる。
 長い時間をかけて、ロウリィとみんなが、よりよい方向へ導いてきた場所だ。自分で選んだことを後悔するつもりはないけれど、彼らの努力を間近で見続けることができなかったことを残念に思う気持ちも少なからずある。
 賑やかに変わった明るい街。変わらず広がってくれていた豊かな農地。そのどちらもを愛おしく思う。
 いつか、きっと戻ってきたいと決めていた。
「あのね、ロウリィ」
 やっぱり私は、ここが大好きよ。


***


 なかなか帰って来ない主夫婦を迎えに、街から続く道という道をえんえん探しまわっていたルカウトが、とうとう納屋の中に二人を見つけたのは、もう夕暮れ間近という時だった。
「ほんっと、いい歳した大人が二人揃ってなにやってるんですかねーえ?」
 雨のあがった雲間からは、澄みきった夕空がのぞく。
 納屋に洩れいる日差しの中、のんきに二人手を繋ぎ、互いに頭を預け合って寝こけている主夫婦を見やって、ルカウトは一人しのび笑ったのだ。


おわり
special thanks! とーこ様「紫陽花の二人の未来の話、ほのぼの日常」