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 ぎゅっと私の手を両手で握りしめたまま、イレイナはにこにこと笑う。
 彼女の言う通り、私の生家であるテティイルナ家は、少なからず商家の真似事のようなことをしていた。
 しかし、純粋に商売に精を出しているか、というとそうではなく、よくも悪くも趣味の延長という色合いが濃い。元々テティイルナ家は代々、植物――特に鑑賞用の花に精通してきたところがある。『できたら誰よりも早く珍しい花を手に入れたいなぁー』という、なんとも趣味全開の至極単純な理由からはじまったと聞く商会も、立ち上げにあたり援助はしたものの、実際に経営をしているのは昔から懇意の商人たちだ。経営はその道の熟練者にというのが、テティイルナ家の方針らしかった。
 ただ、航海技術が発達したこの十数年の間に、新たな植物を手に入れるべく、航海のためのつて作りと資金繰りを改めて主導したのがテティイルナ家だ。だから、テティイルナ家が航海を通じて入手した植物の占有権を持っていることもあり、実際に商売を担っている商会が、うちの所属と見られがちである。
 そういう経緯もあり、そもそも私とロウリィの婚姻の原因となったバタレア家に咲く様々なダリアの品種も、元を辿ればうちの家経由で購入されたものだ。
 さて、どうしたものかしら、と、どうにも純粋に話を聞きたいだけに見えるイレイナを前に惑う。
 正直なところ、私は彼女の期待に答えられる術を持っていなかった。 テティイルナ家の出身者としての私だからこそ興味を持ち、話を聞きたいというのなら、なおさらだった。
「イレイナ様」
「ええ、カザリア様」
 呼びかければ、対する相手はきらきらと期待に満ちた目を向けてくる。その表情があまりにも純粋そのもので、あけすけがなく、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「残念ながら、私自身、テティイルナ家が関わっている商会や商売について、詳しい知識もツテも持っておりません。あなたのお名前を家の者に伝えることくらいはできるでしょうが、交渉を希望しているのなら、結局は正規の手続きを踏んでいただくことになります。ですので、商人として、何か交渉したいことがあるのなら、あなたから直接、交渉をしたい商家へ話を持ちかけたほうが、むしろ早いと思いますよ」
 それに、と私はつけ加える。
「私は早くから王太子妃候補の友人として、王宮にあがっておりましたので、テティイルナ家がどこまで関わっているか、実家からはほとんど知らされていないのです。ですから、実のところは、お答えしようにもしようがない、というのが、本当です」
 目の前で、イレイナがぱちくりと目を瞬かせる。
 貴族であるチュエイル家と懇意にしてきたとはいえ、王都から離れたこの場所で、なおかつ、自らを商家で、平民だ、と公言してまわる彼女の耳には、そんな情報まで届いていなかったのだろう。
 私に取り入ったところで、彼女が得られるものは無きに等しく、それならば、彼女にとって、この時間は、無駄以外の何物でもない。
 王太子妃候補の‟友人”という形で、王宮に暮らしていた私が、むやみに利用されないように。そして、私自身が友人王太子妃候補のために、むやみにテティイルナ家がもちうる影響力を利用しないように、両親は、私に対して商会との繋がりに関する情報は伏せてきた。
 王都では公然の事実だったから、今さら隠す必要もない。
 だから、私が知っているのは‟一般に出回っている”家と商会の関係程度だし、それでよいかと両親から問われた時、私が選んだのは、家ではなく、王太子妃候補リシェルのそばに常にあれる自分自身だった。
 今でも、王太子妃候補リシェルの友人として彼女を支えてきたという自負は、私にとって誇りだ。
 遠く、王都にいる彼女は、大人になった今はもう、私の手など必要はなく、一人、強く美しくあの場所に立つことができる。
 役目を終えた私は、だからこそ、嫁いで、ここに来た。
 ぱちりぱちり、と、まるい瞳をしばたかせて、イレイナは私を見つめてくる。黙って、その視線を受けとめていた私の前で、彼女は、次の瞬間、ふと、笑って、握っていた私の手を離した。
「ね。こんなことを口にしては、失礼にあたるかもしれないけれど。あなたは正直ね、カザリア様。そんなこと、わざわざ教えてくれなくたって、適当にあしらうだけでよかったでしょうに」
 何も答えられずにいる私の前で、イレイナはどこかすっきりとした表情で言った。
「いつか、あなたと友人になれたら嬉しいわ」
 流れていた曲の調子が変わる。つられるように、顔をあげたイレイナが「あら」と静かに呟く。広間では、舞踏がはじまったらしかった。
「お相手いただき、ありがとうございました、カザリア様。そろそろ、私は失礼いたしますわ。領主様、踊られるのですね。これまでお見かけしたことがなかったから、お嫌いなのかと思っていました。それとも押しきられたのかしら?」
 では、またお話ししてくださいね、とイレイナは、テーブルに置いていた山盛りの皿を再び手にとって、次の部屋へ移っていく。
 彼女が口にした通り、ロウリィはティアンナの小さな手を取り、広間に向かっているところだった。
 さっき挨拶したばかりの、まだあどけない少女は、どこか緊張した足取りだ。ロウリィはそんな彼女を気遣ってか、何やらほやほやと話しかけている。この場に残っているティアンナの両親が、微笑ましそうに見送っていることから、イレイナの推測通り、娘のはじめての相手役を頼まれたのだろうと知れた。
 意外だった。
 ここについてからはもちろん、舞踏会もかねるという新年会の話があがってから、今までずっと、そんな素振りも、話もしなかったから、きっとロウリィは踊ることが苦手なんだろうと思っていた。
「ロウリィって、踊れたのね」
 本格的に華やかな曲調に変わった広間に、つれだって歩いていく二人の背を不思議な心地で見送る。
 だから、私は気づかなかった。
「失礼」
 差し出された手。
 見あげた先で、端正な顔立ちの男性が柔和に微笑む。うなじで束ねられた暗い金色の髪が、天井から吊られた明るい灯明に照りはえている。
 濃い満月の色に似た橙色の瞳が、目をひいた。知らず、胸がどきりと鳴ったのは、恐らく気のせいではなかった。

「はじめまして、カザリア様。ベルナーレ・ホウジ・ティレ・チュエイルと申します。一曲、お相手願えませんか?」