シュザネはきらりんと目を光らせた。
 
「シェラート殿! ちょっとばかし身体の中を探らせていただけませんか?」
「――は!?」

 突然本から顔を上げたかと思えば、何を言い出すのだ、とシェラートは頓狂な声をあげた。
 皇都に滞在して早二週間。同じ日の数だけ研究対象としてシュザネに追いかけまわされていたシェラートは若干どころじゃない疲労を抱えていた。
 それでも、諦めてこの老人につきあっていた分、最近は当初に比べ、多少落ち着きはじめていたのだ。しかし、それもどうやらただの勘違いだったらしい。
 がしりと手首を掴み、ぶつぶつと呪文を唱えながら、何やら右手の五指に構成を組み始めたシュザネの額をシェラートはある種の達観を以って止めた。
「ちょっと待て。何がどうなったらそうなった」
「氷の性質持ちにもかかわらず、そちらはほとんどなく風ばかりというのは、かなり特殊ですからのっ! クィーナは水と風の二つの性質もちですが、大方の力は拮抗しておりますぞ」
「わかった! 大体わかったから、もっとゆっくりしゃべろ。落ち着け!」
「これが落ち着いていられますかああああああっ!」
 両手をあげて叫び出した賢者を、シェラートはぎょっとして眺めた。
「いいですか、シェラート殿! いくら要素的に風が一番上に来るとはいえ、全くもって、元の性質の全てを、全部を、一切合財、消しさることなど有り得ないのですぞ!」
 北西の賢者は、低い背をモノともせず大きな手ぶりで、力説する。あまりの熱中ぶりに、呆気にとられはするものの、シェラートはいつものこととして半分聞き流すことにした。
 その風、すごい、素敵、有り得ない、貴重、欲しい、引きずり出してみたい、と繰り返すシュザネが落ち着くのを待つ。
「そういえば、シェラート殿、ここに来た時、魔法を使っておられましたよな!? ジン(魔人)の方にうっかり気をとられていましたが! あれ、違いますよな!?」
「あー……、もう、わかった。一から説明してやるから、お前はそこに座れ」
「いえ、それよりもまさぐら……」
「いいからそこに座れっ!」
 しぶしぶ乱雑に散らかっている床の上にちょこりと座ったシュザネを見ながら、シェラートは溜息をついた。
 口惜しそうに手をわきわきしている賢者の指には、未だに構成が灯っている。それをみとめたシェラートは、容赦なく彼の構成を消した。
 シュザネの叫び声を無視して、シェラートは訥々と説明を始める。
 次第に日が傾き始めた部屋。フィシュアが、覗きにきたのは、ちょうど日が海の中へ沈んだ頃だった。
 床に這いつくばり紙になにやら書き留めているシュザネと、賢者の前に立ち延々と話し続けているシェラートを見やって、彼女は眉をひそめた。
「ね、ね。テト、あの二人何やってるの?」
「あ、フィシュア、おかえりー。なんかね、シュザネさんが、シェラートの身体をまさぐりたいらしいよ?」
 今日は朝から彼らと共に賢者の部屋にいたテトは「お昼からずっとあの調子」とフィシュアに告げる。
 フィシュアは、ぽむと手を打つと、「ああ、なるほどね」と深く頷いた。
「おい、それ納得するところじゃないだろう!」
「だって、老師(せんせい)だもの。いいじゃない減るもんじゃないし?」
 助けるつもりはないらしいフィシュアは、けろりと言い放ち首を傾げる。
 自分の意図に関わらず、どうも特殊らしいジン(魔人)シェラートの皇宮での待遇は、あまりよろしくない。
 シェラートはますますランジュールのことが嫌いになった。