あとを引く鋭い鳥の鳴き声が、耳に直に響いた気がした。
 窓辺に寄ると、薄い雲の合間を、紅い鳥が滑空していくのが目に映る。
 まるで紅蓮を身にまとっているかのような紅。その鮮烈な色に、思わず見入った。
 窓を開け放つと、乾いた冷気が部屋に流れ込んでくる。
 紅い鳥が大きく羽ばたくのと同時に、一陣の風が髪をさらった。まるで彼の鳥が起こしたかのような錯覚に、目がくらむ心地を覚える。
 鳥が優雅に舞う空の端々は、紅い鳥自ら火を灯していったかの如く、次第に赤みを帯び始めた。
 夕暮れの一部になりゆく鳥に、腕を伸ばす。

「何をしている? あんまり前に出ると、そのうち窓から落っこちるぞ、トゥーアナ」

 話しかけると同時に、伸ばしていた手の先をとらえられて驚く。
 振り向くと、いつの間にいらっしゃったのか、ガーレリデス様がすぐ後ろに立っていた。とられた手をそのまま上へと高く掲げられる。手の先を追っていると、彼の苦笑に満ちた湖水の瞳と目があった。
「なんだ。勝手に手を挙げてみても、あまり反応はなしか。つまらないな」
「何をなさりたいのかが少し気になりました」
 答えると、ガーレリデス様は可笑しそうに笑いだす。首を傾げれば、彼は「悪い悪い」と言って、手を下ろした。同時にほどけて、離れて行った手を至極残念に思う自分に自嘲しそうになる。
「何かあったのか?」
「鳥が……」
 ガーレリデス様を見上げ、そのまま窓の外に目を向ける。
「見たことのない鳥を見ました。紅い、炎のような」
 窓の外に、あの鳥の姿は消えていた。けれど、同じように窓の景色に目を凝らしていたガーレリデス様は、「あぁ……」と呟き、深く頷いた。
「レルガールジアか」
「レルガールジア? ……ならば、あの、ケーアンリーブの国鳥、ですか?」
「なんだ、本物は見たことがなかったのか?」
 驚きをあらわにしているガーレリデス様に対して、首肯する。レルガールジアは有名な鳥だ。ケーアンリーブを知るものなら、恐らく誰もが知っているだろう鳥。その鳥の姿こそが、この国の名をあらわす。国旗に記されるほどではないが、至る所に彼の鳥のモチーフがかたどられている。
「あれが、レルガールジア」
「そう。主に岩場に住んでいる。屈強な鳥だ」
 見ろ、とガーレリデス様は視界の果てにある山を頂きを指した。
「ちょうどあの辺りだ。ここから見ると緑が多いが、実際には切り立つ岩だらけだ」
 彼の指先が山の稜線をなぞる。その軌跡が、先に見た鳥の舞う姿と重なった。
「そういえば、ルメンディアには岩場が少なかったな。もしかして、レルガールジアは住んでいないのか」
「はい」
「そうか、ならば得をしたな。あれが見れることなんて、ここでもそうそうない」
「そうなのですか?」
「ああ、俺も数年に一度見るか見ないかだ。どうだった?」
「とても……美しい鳥でした」
 開け放っている窓から、そよと風が流れ込む。
「そうか」とガーレリデス様は頷いた。
 辺りはすっかり夕焼けに染められた。こうなってしまっては、あの紅い鳥が飛んでいたとしても見つけることは難しいだろう。
「貴方にふさわしい鳥ですね」
 紅い景色に目を細める。
 まっすぐで、迷いがなく、強く、優しい。自分にはない気高さに、途方もなく憧れる。
「この国にふさわしい鳥です」
 夕暮れの風に、夜の色が混じり出す。
「変なことを言う」と苦笑するガーレリデス様の姿が、胸に染みいるほど強く心に響いた。