年代わりの鐘


「早く終わってしまえばいいのに」
 はるか眼下に広がる街にはいつもよりも長く光が灯る。
 きっとひとつひとつは心許ないのだろう燭台の灯火は、それでも充分に家々の在り処をぼんやりと浮かび上がらせていた。
 窓枠に寄り添っていた少女は、抱え込んだ両膝に顔を埋めて蹲る。
 人は年の最後を温かな部屋で家族と過ごす。
 そうして、夕の刻から日の出の刻まで等しく時間をおいて全部でよっつ分。
 年と年の間にひとつずつ打ち鳴らされていく聖堂の鐘に耳を澄ませて大切な人の平穏を祈るのだ。
 唯一の家族と言える老婆と過ごそうにも地表までは遠く隔たりがあると言うのに、真っ暗な夜は見下ろしても育て親の姿さえ見出せない。
 毎日のようにここを訪れてくれる少年も、夕にはさっさと帰ってしまった。
 今頃、彼は両親と年の離れた兄と共にこの日の為にたくさんあつらえられたごちそうを取り囲んでいるのだろう。
 そうと思うと、ますます自分が立たされている状況が恨めしくなってくる。
「きらい。きらい。こんな日、きらい」
 つんと痛みだした鼻をごまかす為に、少女は唇を噛む。
 勝手に熱くなった喉の奥がひりひりと痛んだ。
「泣いてるの?」
 突然降ってきた声に、少女はハッとして顔を上げた。
 夕に別れたはずの少年の姿が窓枠を股越して、ひょいと部屋に入り込んできたことに、驚いて目を瞬かせる。
「なんで?」
「えーっと。おれんちの家族全員、こっちの御馳走にお呼ばれしたから?」
「そうじゃなくって!」
 昼はともかく、夜に塔を這いのぼるなんて真似できるはずがない。加えて、少年は縄も何も手にしてはいなかった。
 一体どうやって塔の上まで登って来たのかと、彼女は声を荒げた。
「なんか今日は婆さんの力が一番強くなる日なんだって。それでも自分を持ちあげるには、ひどく手間がかかるらしくって、おれに代わりに行って来いって。
 でも、どうしてここ、灯りも何もつけてないのさ。もう寝ちゃってるのかと思ったよ」
 少女は、慌てて部屋中の燭台に光を灯して回った。それと前後して、部屋の窓から皿が次々と飛び込んでくる。
 ふよふよと宙を漂いながら順に床に着地しだした料理の数々に、彼女は言葉を詰まらせた。
 いいの? と少女は、目の前の彼に問う。少年は考える間もなくあっさりと頷いた。
「いいのって、これ、二人分でしょ? 下は下で、みんなお酒飲みだしてたし」
 はい、と少年は少女にフォークを一本差し出す。
 少女は、勢い余って彼に抱きついた。今年、出会えた少年に彼女はぎゅぅとしがみつく。
 まるで出会ったあの日と同じように。あったかくてやわらかくって。
 少女はほろほろと零れそうな何かを押しとどめて、少年の肩口で、ふふふと笑みを漏らした。
 でぃーん、でぃーん、と今夜最初の鐘が鳴る。
 えっと、と少年は二人分のフォークを握りしめたまま、笑いを噛み殺しているらしい少女の身体を抱き返してみた。
 ぽんぽんと、抱きとめてることを示すように彼は戸惑いがちに少女の背を叩く。
「婆さんは、きっと誰よりも一番に君のことを大切に思ってるよ。
 だけど、今日は代わりに、ちゃんとおれも祈っておくから」
 うん、と少女はどうしようも嬉しくなって何度も頷いた。
「ありがとう。ありがとう、二人とも」