笹舟のゆくえ


「何をしてるの?」とミツはイツに尋ねた。
 学校からの帰り道。道端でいきなり立ち止まったかと思ったら、イツはこちょこちょと手を動かし始めたのだ。ミツはイツの前に回り込むと、イツの手の中を不思議そうに覗き込んだ。すっと伸びた深緑の葉を、イツは折ったり破ったりしている。ミツは首を傾げた。すると、それを見たイツはにっこりと笑って「舟。笹舟をつくってるの」と言った。
「舟?」
「そう、ほら」
 ミツにもよく見えるようにと、イツは手を広げてみせた。イツの掌には緑の小舟がちょこんとのせられている。「わっ」とミツは歓声をあげて、ぱちぱちと手をたたいた。二人の横には、陽の光を浴び、きらきらと輝く笹の葉が青々と茂っている。その内の一葉が、あっという間に姿を変えたことにミツは驚いた。
「すごい、すごいねぇ、イツ」
「すごいでしょう? おじいさんに教えてもらったんだよ」
 ミツにも教えてあげる、とイツはまた、ぷちりぷちりと笹の葉を二枚ちぎりとり、一方をイツに手渡した。ミツはイツが教えてくれるとおりに初めての笹舟をつくりはじめた。不器用な手つきではあったが、不格好ではない。できあがった笹舟は、イツのものと同じように見えたので、ミツは満足そうに笑った。
 笹舟をつくり終えるやいなや、二人は公園に向かって駆けだした。公園には小川がある。その小川で、つくったばかりの舟を浮かばせようということになったのだ。
 走る二人の背で、ランドセルが楽しげに弾む。がやがやと子どもたちでにぎあっている公園の滑り台やブランコも、今日は構わず通り抜け、二人は我先にと、競うようにして小川への道を走った。
 手に触れた小川の水はひんやりとしていた。二人は水面にそっと笹舟を浮かべる。揃って手を離した笹舟は、さやさやと鳴る水の流れをつかんだのか、各々でゆったりと漕ぎ出した。イツとミツは互いに顔を見合わせると、舟を追って歩き出す。次第に、速度を増し始めた二艘に合わせて、二人も早足となり、ついには駆け足となっていた。
 笹舟はぐんぐんと小川を下っていく。タンポポをのせているのがイツの舟、シロツメクサをのせているのがミツの船だ。「途中で分からなくなったら困るからね」と二人はそれぞれ、違った花を自分の笹舟にのせていたのだった。
 タンポポ号が前に出る度に、イツは嬉しそうな声を上げ、反対に、ミツは負けじと「頑張れ、追い抜け」とシロツメ号を応援した。シロツメ号が追い抜けば、ミツは褒め称えて拍手を送り、イツはがっかりと口をへの字に曲げた後に「もう一回、もう一回」とタンポポ号を励ました。
 二艘は追いついたり、追い抜かれたりを繰り返しながら、すいすいと小川を進み続けた。イツとミツも互いに追いついたり、追い抜かれたりを繰り返しながら、小川に沿って走り続けた。
 その時、ぽしゃんと水が跳ねて、二艘の船が大きく揺れた。どちらが先に投げだしたのかは分からない。けれども、二人は道端に落ちていた石っころを拾いあげては、相手の舟に向かって投げた。夢中になって投げ合った。
 緑の舟は大波小波に遊ばれて、どんぶらどんぶらと船体を揺らす。それでも、なんとか舵は取ろうと、必死になってしがみつき、川の流れにのっていた。だが、とうとう波に呑み込まれて、その後は呆気なく沈んでしまった。
「あー!」と、どちらともなく悲鳴が上がって、イツとミツは走るのをやめ、立ち止まった。
 タンポポとシロツメクサの花がくるくると回る。二つの花は何事もなかったかのように目の前の小川を滑って行った。
 二人は黙り込んだまま、二つの花を見送った。黄色と白の花が点となるまで、やがては何にも見えなくなるまで、イツとミツはぼんやりと眺めていたのだった。


 

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