「何だか、小さすぎて壊しそうだな」
アズーを初めて抱き上げた東の国の魔女の感想にガジェンはぎょっとした。
そんなことなど、つゆ知らずアズーは不器用な手つきのサーシャに恐る恐る抱えられ、その腕の中ですやすやと眠っている。椅子に座ってその様子を眺めていたガジェンはさっきからサーシャがアズーのことを落としやしないかと、気が気じゃなかった。
そこにさっきの呟きである。
「頼むから、壊すなよ!?」
「うぅ、自信ない。だって、ふにふにしてる。柔らかすぎて、崩れそうだ。落ちそうだし」
不安げに眉を下げ、こちらを見たサーシャにガジェンは噴き出した。
彼女のこういう顔を見るのは二度目だ。
一度目は、海を越えて自分を探しに来てくれた時。
アズーを見て、妻がいるのかと勘違いして泣き出した魔女。
会えなくて寂しかった、と泣いたエメラルドの瞳の持ち主。
やっと、この腕の中へと落ちてきた、何にも変えることのできない宝石。
あの時は胸が震えるほど嬉しかった。
ガジェンは立ち上がると、アズーごとサーシャを抱きしめた。
ギャッ、と小さく悲鳴を上げたサーシャに苦笑しながら、豊かにたゆたう黒髪へと顔を埋め、耳元で囁く。
「こうすれば落ちないだろう?」
「その代り、アズーが圧迫死するだろうが!」
「そこは、加減してるから大丈夫だ」
ガジェンは流れる黒髪を梳くように撫でた。
その手の動きに応じて、強張っていた体の力が抜け、自然と寄りかかって来たサーシャにまた、苦笑する。柔らかな髪を撫で続けながら、腕の中の彼女へとガジェンは口を開いた。
「そういえば、驚いた」
「何が?」
サーシャがガジェンの胸から体を離し、男を見上げた。
「魔女って、ちゃんとした料理作れるんだな。トカゲの丸焼とか出てくるかと思った」
ケラケラと笑うガジェンに、サーシャはムッとして、目の前の男を睨みつけた。
胸倉を掴んでやりたかったが、あいにく、アズーを抱きかかえているため、それはできない。
「殺してほしいのか?」
おぉ、魔女さんはおっかないねぇ~、と笑いながら、ガジェンは言った。
「なんだ、死んでほしいのか?」
「―――嫌だ」
悔しそうに下へと視線を落としたサーシャに、ガジェンは破顔した。
ガシガシとサーシャの頭を掻きまわす。
何するんだ、と抗議するサーシャの瞼に口づけると、彼女をふわりと抱きしめ、くつくつと笑って言った。
「俺にとっては、サーシャの方が壊れそうで怖いけどな」
「私は、そんなに柔じゃない!!」
「あ~もぉ~、ほんっと可愛いなぁ」
こうして新たなる御伽話ならぬ、惚気話はこれから先も確実に増えていくこととなったのである。
(c)aruhi 2008