そこには誰も居ない。
民を死に追いやったのはたった一つの判断の誤りだった。
その為に民は泥にまみれ、熱に溶け、灰に固まる。
ただ一人、生き残ったのは地下牢に捕らわれた囚人。
全身を火傷に苛まれ、再び見た陽光の下。
変わり果てた故郷の姿に、彼は何を思ったのだろう。
命ある奇跡への歓喜か。
消え去った町への哀惜か。
ただ、彼は立ちつくした。
パンを一つ盗んで捕らわれたのは、ほんの数日前。
その町には笑顔があった。
喜びがあった。
豊かさがあった。
泣き顔があった。
悲しみがあった。
貧しさがあった。
誰の為にパンを盗んだのか。
渡すべき相手はもうここには居ない。
いや、どこかに居るのだろうか? この灰の下に埋もれて。
彼女は楽しみにしていた。町が生まれ変わる日を。
皆によって新しい町長が選ばれる日を。
だが、その選挙の為に町は滅んだ。
予兆はあったのだ。
小さな地震が頻繁にあった。
ある船乗りたちはいつ起こってもおかしくないと、港には寄り付かなかった。
しかし彼らは民を留めた。
民が居なくては選挙にならぬと。
そして、その日は訪れた。
凄まじい轟音と共に、すぐに熱が襲ってきた。
喘ぎ苦しむ中、それでも引かぬ熱さと痛みに意識が飛んだ。
じくじくとした痛みに目を覚ますと、そこにはもう誰も居なかった。
格子越しに、見えるのは打ち伏している者たち。
聞こえるのは浅い自分の呼吸音だけ。
やがて伸ばされた手によって彼は助けられた。
灰色に染まった町の姿に、彼は絶句する。
頬を伝うのは一筋の雫。
それが、何の為のモノなのか彼は知らない。
悲しみか喜びか。
悦びか哀しみか。
ただ、流れる涙に想いを馳せる。
彼がこの町から去った後、灰色の町にはついに誰も居なくなった。
灰に埋もれた町。
やがて、緑が芽吹き、家が建ち、再び人が住みつく。
けれど、彼はそれを知らない。
彼が帰ることはもう二度となかった。
(c)aruhi 2008