ラピスラズリのかけら つくられし湖

 

 一人目の村人は朝にその場を通った。パカを放牧に出しているところだったのだ。
 ジン(魔人)など目にしたことすらなかった彼だったが、爆ぜる力の大きさと手首にある黒の紋様から二人の男がジン(魔人)であると悟ったらしい。そこには昨日までは無かった一つの湖が出来ていた。
 二人目の村人は昼にその場を通った。隣の村へ行くところだったのだ。
 いがみ合う二人の男がジン(魔人)であるということに思い当った彼女は、己の願いを叶えてもらおうという考えを持つこともなく、恐れをなしてそそくさとその場を離れた。そこには昨日までは無かった二つの湖が出来ていた。
 三人目の村人は夕にその場を通った。森での猟を終えて、村へと帰るところだったのだ。
 肩で息をしている二人の男の横、さえざえと水が湛えられていたので一口水を飲もうと思ったそうだ。彼は後から気付いた。そういえば、昨日までは確かに無かった三つの湖が出来ていたと。
 四人目の村人は夜にその場を通った。彼と彼女は前に本で読んだ、月に照らされ光る石を探しに来ていたところだった。
 二人の男の横、佇んでいた女と目があった瞬間、彼らは動けなくなったという。人には無い金の瞳に、銀と銅の瞳。だから、その場にいたのはジン(魔人)かジーニー(魔神)であったのだろうと子供達は興奮して大人に語ったそうだ。地上に降りた月は四つであった。そこには、昨日までは無かった四つの湖が出来ていた。
 翌日、話を聞いた村人たちはこぞって湖へと出かけた。そこには、確かに四つの湖が出来ていた。
 それでは、朝に通った一人目の村人が見た湖はどれだったのだろうか。けれど、彼は首を傾げた。彼が初めに見た時は一つしか無かったのだ。それが、今や四つに増えた。どれが一番初めのものか分かるはずもない。
 それでは、昼に通った二人目の村人が見た湖はどれだったのだろうか。けれど、彼女は首を横に振った。彼女が初めに見た時には、左右に一つずつあったのだ。それが、今や左右に二つずつ。どれが二番目のものか分かるはずもない。
 それでは、夕に通った三人目の村人が見た湖はどれだったのだろうか。けれど、彼は手前の湖のほとりを指差しただけであった。彼は自分が水を飲んだ場所を覚えているだけであったのだ。どれが、三番目のものか分かるはずもない。
 それでは、夜に通った四人目となる二人の村人が見た湖はどれだったのであろうか。彼らは、これ全部と答えた。彼らが見た時には既に四つの湖が出来上がっていたのだ。だから、どれがどの順番でできたのかなど分かるはずもない。彼らが知っていたのは、湖に映った四つの月よりも、ジン(魔人)とジーニー(魔神)の瞳が煌々と静かに煌めいていたということだけだった。
 朝、昼、夕、夜にそれぞれ出来上がっていた湖。だから、村人たちは新たにできた四つの湖を朝昼夕夜の湖と呼ぶようになった。だが、どれが、朝で、昼で、夕で、夜であるのかは未だに分からない。村人が指す朝の湖は、人によって違うという。昼も夕も夜も、また然りである。
 だから、私はその湖をセジアル(つくられし一日)湖と呼ぶことにした。
 
参考・引用『とある旅人メルダーンの日記』
 
以下、現在挙げられている考察について年代順に纏める。参照されたし。
 
***
 
 黙々と他の資料を漁り始めたシュザネを横目で見やりながら、シェラートは先程、北西の賢者が読んでいたえんじ色の皮の装丁本を探し出し、手を掛けた。
せっかく一度直した本ではあるが、どこかで聞いたことのあるような話である。というか、実際に訪れさせられた場所の一つであろう可能性が多いにしたのである。
 読む気の失せるほどにびっしりと文字が連なっている項を、時折挟まれている挿絵を頼りに、シェラートはパラパラとめくっていった。
 そうして、ようやく目当てのものらしい四つの湖の絵を発見した時、シェラートは「やっぱりか……」と呆れと共に呟いたのだ。
 描かれているのは、200年よりも遠い昔に見たままの湖の姿。
 海水魚が食べたいから釣ってこい、と釣り具を押し付けてきた金の双眸を持つジーニー(魔神)の姿を思い出してシェラートは嘆息した。
 確かにあの時、こんな森の中で本来『海』に住んでいるはずの魚が釣れるわけがないだろう、と彼女の無茶苦茶な命令に対して言い返したのだ。けれど、「大丈夫よ、つくらせたから」と軽く返してきたジーニー(魔神)に、当時は半分の魔力の受け渡ししか終わっていなかったシェラートが逆らえるはずもなかった。結局、その日シェラートは渋々と湖へ釣りに出掛けることとなったのだ。
 自分の意図通りに魔法を行使するほどには上達してはいなかったシェラートは、普通の人間がするのと同じように、地面に腰かけて魚が掛かるのをひたすら待っていたのである。
持ちかえった魚を受け取った彼女は「いやー、なかなか私が気にいるようなものをつくってくれなくてねぇ、結局全部却下だったんだけど、森で海水魚が食べれるようになった点だけはいいわぁ!」と、コロコロと微笑していた。
 
あの時、一緒に魚を食べたもののうちの二人が今では御伽話の中の人物と化していることをシェラートは不思議に思いながら、本を閉じた。
何よりも、ヴィエッダの気まぐれでつくられたと言っても過言ではないセジアル湖。しょうもないいきさつを持つ湖の謎を解こうと今も必死になっている研究者たちが何とも哀れだと思いながら、シェラートはえんじ色の本を再び棚へと並べ直したのである。
 
 
 
 
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