星を数える 1

 

 眠れないの? と、ロージィは息子に聞いた。
 同じ掛布の中で、彼女と同様横になっていたテトがさっきからもぞもぞと動いている。寝返りを繰り返しては、しきりに寝心地のよい位置を探しているようだ。
 テトはぱちりと目を開いた。夜空よりも暗い色をした黒がわずかな月明かりを映してまたたく。
 少年は掛布からひょこりと顔を覗かせて、ほの暗い闇の中、母の方へ寝返りを打った。
「お母さんもねむれないの?」
「ええ、そうね。今日はなんだか寝つけないみたい」
「ふうん、そうなんだ」
 夜に満たされた部屋の中では、互いの表情を読み取るのも難しい。それでも、ロージィはテトが微笑したのが分かった。ほんの少しだけ彼らを取り巻く空気が動いた気がしたのだ。
「ねーえ、テト? ちょっと外に出てみましょうか」
「外に?」
「そう」
 言うが早いかロージィはテトを抱き上げた。掛布で自らと息子の体を包み込むとそのまま寝台から抜け出す。
 
 二人の家は村では端の方に位置していた。玄関を開けば、いくつかの住居が立ち並ぶ。村の中心から伸びている道へつながる横道には近いので別段困ることもない。
 しかし、家の裏の方へ回れば、そこにはすぐに開けた原っぱが広がっているのだ。
 一枚の掛布にくるまった親子は、奇妙な影を携えて野に回った。
 草の香りが鼻腔をくすぐる。夜特有の静まり返った濃い空気の中では、昼間よりも青々とした草が間近に感じられた。雨上がりの匂いにとてもよく似ている。
 遮るもののない空には視界いっぱいに小さな星々が煌めいていた。ぽっかりと浮かぶ白い半月は藍色の布に身を埋めているようだ。
 真夏と言えど、山間部であるエルーカ村は陽が落ちてしまえば肌寒い。草の上に腰を下ろしたロージィは、幼い息子を引き寄せると、膝に抱えるようにして座り、持ってきた掛布を彼の体の前でとじ合わせた。
「寒くない、テト?」
「うん、平気。あったかいね」
「そうね、あったかいわね」
 ロージィは夜空を見上げる。母が動いたのを背に感じて、テトも彼女にならい天上を仰いだ。
 村中の灯が落ちたこの時間。目に映る無数の星は、砂粒をまき散らしたかのようである。星座の間にまで星が散りばめられているせいで、今は星と星を線で結び形をつくり出すことが上手くできない。ただ、古来より天の川と称されているものだけが、その名の通り、溢れんばかりの水量をたたえていた。
 ロージィは顔を空に向けた格好のまま、夜空を飾る星を指差す。
「眠れない時はね、星を数えるのよ」
「星を?」
「そう」
 ロージィは頷いた。視線を落として、テトに微笑みかける。
「星って数え切れないの。きっと多すぎるのね。頑張って数えていたって、そのうち空が白んできて、星が消えちゃう。朝がやって来てしまうから」
「そうしたら、どうするの?」
「そうしたら、また夜が来るのを待って、初めから数え直すしかないのよ。どこまで数えたのか、分からなくなっちゃうからね。だから、何日も何日もは続けられない。星を数えることに疲れて……諦めるしかない」
 ロージィは目を伏せ、ぽつりと呟く。
「神様は意地悪。起きておくことさえ許してくれない」
 途切れた母の声を、テトはぼんやりと聞いていた。ほんのかすかに吹いた風は、丈の伸びた草同士をこすり合わせて、思ったよりも大きくサラサラと音をかき鳴らす。
「お母さん?」
「ううん、何でもないわ」
 首を横に振って、彼女は息子を抱きしめる。朗らかな声を出して、ロージィはテトに教えた。
「テト? 神様って、とっても意地悪なのよ。だから、きっと自分が持っているものがいくつあるのかを教えたくはないのね」
「ちょっとくらい教えてくれたっていいのにね?」
「ねー?」
 母と子は互いに見合って、くすくすという笑い声をたてる。二人は示し合わせたかのように、再び夜空を見上げた。
 一度も目にしたことはない砂漠。そこには多量の砂があると言う。さながら砂でできた海のようだと、ロージィは遠くの街に越して行った妹からの手紙で聞き知っていた。
その砂漠にある砂とここから見える星、一体どちらの方が多いのだろうか。
ぽつりぽつりとテトが星の数を唱え始めた。等間隔に紡がれる声。一つ一つ増えてゆく数は単調ではあるが落ち着きをもたらす。
ロージィも息子の声に合わせて、数え切れないと知っている星の数を数えた。
そのうちテトの声は段々とかすれていって、寝息に変わる。
 息子の柔らか栗色の髪をそっと撫でてから、ロージィもまた静かに瞳を閉じた。
 
翌朝、いつもと変わらず寝台の上で目を覚ましたテトは、その時、初めて自分がいつの間にか眠っていたらしいことに気付いたのだ。
 
 
 
 
 
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