格子越しに見える空は、とても高かった。ここは空に一番近い場所のはずなのに、それでもまだ、どこまでも高い。手を伸ばすことさえためらわれるほど、すんだ高さがそこにはあった。
けれども、もしもここから届くのなら……
刺繍をしていたメレディが手を止め、顔を上げる。
「その歌……」
「ええ、父様がお好きだったから」
口ずさむのをやめて、苦笑する。
鎮魂歌など歌う暇もなく、ルメンディアの城を後にした。
それどころか、幼いころより手をかけ慈しんでくれた父を無残な姿で他国の王の前にさらした。自らの手で手厚く葬ることさえしなかった。
なんと酷い娘だろう。
だからせめて。
せめて何か。
――だけれど、考えてみたところで、今の私にできることは歌うことだけだった。
鎮魂歌を歌うことはできない。父も、それを厭うだろう。
ならば代わりに、王が好んでいた歌を。
父王は母が歌うこの歌を愛していたから。
空はどこまでも高く遠い。けれど、この場所が最も空に近いことには変わりはないから。
だから、届けばいい、と思った。もしかしたら、届くのではないかと思わずにはいられなかった。
「けれど、こんな場所で歌っては、やはりいけないかしら?」
問いかけると、メレディは「いいえ」と首を横に振った。
「お喜びになりますよ、きっと。トゥーアナ様が歌うのなら、どこでだって」
「だとよいのだけれど」
「少なくとも」とメレディは言う。「私はトゥーアナ様の歌を聞くと心が休まります。こんな場所ですから、なおさらです」
メレディはいたずらめいて微笑する。そして、彼女は促すように視線を手元の布に落とし、再び刺繍を始めた。
ひんやりとした空気を胸にためて、歌いだす。
空に向かって歌う。
あの場所にいるかなど知らない。これは気休めでしかないと知っている。
それでも。
それでも、空に歌を。
届け、届けと願いを込めて。あの澄んだ場所に近づきたいと思った。
だから、この歌が空ではない別の場所に届くなど思いもかけてはいなかった。
予期せぬ道行はここから始まる。
(c)aruhi 2009