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あるひの森の中

One day, in the Forest. We have a party for our 3rd birthday.
Thank you for your coming.
07, June, 2011



ごあいさつ


本日は、森の中へお越しいただき、ありがとうございます。
更新停滞しつつも、みなさまのおかげでここまで三年間こうして続けることができました。
ありがとうございます!
まだまだ更新停滞期が長引きそうですが、四年目に突入してもよろしくお願いします。
本当に宣言詐欺ばっかりしていて、申し訳ない感じですが……!
まったりとそれぞれの話を最後まで続けて行ければいいなぁ、と思っております。

さてさて。二周年記念の夏休みの宿題も未だ消化しきれていないのですが(こら)
ちょうど一週間分。いつもよりも空きがあるため、こそこそと三周年企画を始めたいと思います。
と言いましても、大々的に話が書けそうにないので、年末年始企画のように、会話のきりとりを書かせてください。(参考|
ええ、はい、とても楽しかったもので。そして、あのくらいの長さなら二日に一回は出せるのではないかと希望を抱いておりまして。今回、またきりとり企画を。
「きりとり話」頑張りますので、お付き合いよろしくお願いします!

それでは。三周年企画のはじまりはじまり!





星影の砂礫【脇役組】


 扉に背を預けて部屋の主が帰って来るのを待っていたダンは、隣で同じく扉に背を付け、座り込んでいる少女に目を落とした。待ちくたびれてしまったらしいラーヤは、持ってきた衣服を大事そうに抱え込んで口を尖らせている。
「遅い遅いおーそーいー」
 暇だわ暇だわ暇だわ、とラーヤはもう何度目になるか分からない文句を繰り返す。足をぱたぱたと動かして、少女は「ふぅ」と溜息をついた。
「せっかく急いで持って来たって言うのに、どうしてシィシアはいないのよ」
「たぶん昼食だと思うよ。もう少しで帰って来るんじゃないかな」
「ダン。それもう三十回目。さっきからそう言うけど、ぜーんぜん帰って来ないじゃない」
「なら、歌の練習でもしておいたら?」
「いやよーぅ。だぁって、いくら練習したって、あんたがヒュンテを弾き始めたら、みーんな、そっちに行っちゃうじゃない。なんであんたそんな無愛想なのに、人が集まるのよ」
 ラーヤは、技芸団の仲間である青年を睨みつける。団員の皆が、それぞれ一芸に秀でている中で、ラーヤはまだ自分の磨くべき芸が見つけられずにいた。にも関わらず、自分と三つしか歳が変わらぬダンの方は、早々に五弦の楽器ヒュンテを弾きこなして、皆に認められている。年齢的には下っ端だからラーヤと一緒に雑用もこなしているが、他のどのヒュンテ奏者よりも彼のヒュンテが勝っていることは、五弦をつまびくダンの周りに集まる観客の数を見れば明らかだった。
 ずるいわ、と半ば八つ当たり気味にラーヤはぼやく。ダンは困ったように頬を掻いた。ラーヤが懸命に睨んでいる石は、一体どの石なのだろう、と彼は少女から石壁に目を移す。
「だって、俺は歌じゃラーヤたちみたいに高音が綺麗に出せないから」
「でも、あたし、こないだ、シィシアの前で思いっきりその高音を外したわ」
 少女が言っているのは、クニャの発案の元、シィシアの部屋で許可もとらず勝手に開いた宴ことだろう。
 歌でこそ聞き知っていた『隠し姫』のシィシア。セイディルアの王によって幽閉から解放されたばかりの彼女を楽しませなければならないと、いつもよりも肩肘を張っていた技芸団の緊張を和ませたのは、歌の一番手――ここぞという見せ場で声を裏返らせたラーヤだった。
「笑ってくれてたよ」
「馬鹿みたいに外れたからよ」
「そうなの?」
「……多分」
 ダンの方を伺い見たラーヤは、けれどもすぐに彼から顔を逸らして、膝小僧に顎を埋めた。
「今度は、舞いにするわ」
「ヒュンテにする時は言って。作ってあげるよ」
「いやよぉ。ヒュンテだけは絶対いや。敵いっこないもの」




紫陽花の世迷い事【ある夫婦】


 誰にしてみても、まどろみの中での出来事は、ほとんど夢と同じもので。たとえば、朝にはまだ遠い時間帯。偶然目を開いてしまった彼女の場合にも、やはりそれは当てはまったのです。

 掛け布を巻き込んだのんびりとした寝がえりに、カザリアの思考はぼんやりとゆすられた。
 寝床に伝わるあったかさに、彼女は開きかけた瞼をゆるりと下ろす。
 いつの間にやって来たのかしら、とカザリアはほどけゆく思考の中で呟いた。
 何をしているのか、ここ数日、ロウリエは寝るのが遅いため、カザリアが先に寝ていることの方が多い。
 鼻先にやたらと苦そうな匂いがまじって、カザリアは『あぁ』と眠りながら頷いた。
 そうか。やっぱり薬なんだわ。起きたらほどほどにしなさいって言わないと。明日はちゃんと言わないと。
 こくり、とカザリアは頷いて、あったかな胸に顔を埋めた。
 手を伸ばして握れば、寄せた額はじんわりとあたたかくって。やわかくって。
 おとこのひとってやわらかいんだわ、と笑みを零したカザリアは、その日も再び夢の中に戻った。




ラプンツェルの鏡【少年少女】


 高い高ーい塔の上。ひとり、窓辺に寄り添った少女は、村の向こうの林の東一帯が紫色に染まっているのを見つけて、栗の色した睫毛をぱちくりと動かしたのです。

「ほら、見て、ハイデル。あそこよ、あそこ」
 ランチェルは、今日もゴーテル婆さんの使いでやって来た少年の袖をひっぱって、今朝見つけた紫の林を指差しました。
「すごい紫でしょう? 今日見つけたの」
 得意そうに告げたランチェルは、ねぇ何かしらあそこに何があるのかしら、とハイデルの袖を揺さぶりました。
 ハイデルはといいますと、この年下の少女のはしゃぎように彼のよく知るあの花が、なんだか初めて知った花のように思えて、遠くに見えるふさりと広がる紫色にそばかすの散る頬を緩めました。
「あぁ。あれはリラの花が咲いているんだよ。近寄ると匂いもすごいんだ。明日来る時に一枝持ってきてあげるよ」
「ほんとう? ほんとうね? 約束よ。約束したからね」
 ランチェルはぱっと顔を輝かせて、ハイデルの手を掴みました。ふふふふふとわらう少女は、とても嬉しそうで、ハイデルもつられて楽しくなったのです。

 さて。約束通り、リラの花は次の日ランチェルの元へ届きました。
「このリラがいっぱいあそこに咲いているのね」
 うん、と頷いたハイデルは、元気がありません。塔を登る途中、思っていたよりも花がぱらぱらと落ちてしまったのです。地上で見たときよりも、随分と花数の減ったリラの枝。
 ごめんね、と項垂れたハイデルに、ランチェルは首を傾げました。
「本当は幸せになれるっていう五枚の花びらがある花を見つけたからランチェルにって思ったんだけど、それもどこかにいっちゃったみたい」
 ハイデルの言う通り、枝にくっついている紫の花はどれも花びらを四枚しか持っておらず、五枚のものはありません。
「四枚ではだめなの?」
「そう言うわけじゃないけど」
 尋ねてくるランチェルにハイデルは苦笑します。
 ならいいわ、とランチェルは、一生懸命に枝にしがみついている紫の花を抱きしめて、花の香りを胸一杯に吸い込みました。
「だって四枚のリラの花ってとってもきれいなんだもの」




紫陽花の世迷い事【冬の日】


「カザリアさん、ちょっとお散歩に出かけませんか?」
 突然、部屋を訪ねてきたロウリィは、扉を開いて開口一番にそう言った。 
 私はいいわ、寒いもの、と即刻断りたい気持ちを無理矢理飲み込む。断る前に確認しておかなければならないことがあった。
「バノかスタンは?」
「来ません」
「……護衛なんだから連れていきなさいよ」
「でも、ただのお散歩ですから」
 ぽけらと首を傾げたロウリィの後ろでは、バノとスタンが何とも形容しがたい表情を浮かべる。
 ロウリィは自分が置かれている状況が本当に分かっているのだろうか。私は彼と外の景色を見比べた。
 部屋からだと一見ぽかぽかと陽気に見える外の景色は、その実、からっ風ばかりを吹き荒し、がたがと窓を揺らしては外の寒さを強調してくる。反対に室内は、暖炉でぱちぱちと火がはじける。赤々と色づく火は、見ているだけで暖かい気分を満喫できるのだ。正直、ここから出るのは辛い。寒いと分かっている外に大した用事もなくただ歩くために出るなんて、私一人ではとても思いつかなかった案だろう。
「……また今度にしない?」
「では、僕は、ちょっと行ってきますね」
 お留守番お願いします、と何てことないように彼は言って、早速扉の取っ手に手をかける。私は慌てて部屋の扉を掴むと閉まり始めた扉を止めた。
「ちょ、ちょっと待ってロウリィ。行く。行くから、一人はやめなさい」
「あ、はい。分かりました」
 ほややんとロウリィは、蒼い目を細めて笑う。私は侍女のケフィが持ってきてくれた外套を身につけて、しぶしぶ快適な部屋から離れることにした。
 廊下に出た瞬間、部屋の温度差に早くもくじけそうになる。慌てて新たに持ってきて貰ったスカーフをぐるぐると首に巻きつけたものの果たしてこれで事足りるのか。
 加えて、追い打ちをかけたのは、ロウリィの言葉だった。
「あ、ケフィ。カザリアさんが出ている間に、窓と扉全部開けて喚起しておいてくださいね」
「なんでそうなるのよ!」
 帰ってきたら暖かい部屋が待ってるってことだけが救いだったのに、帰ってきても寒いだなんてあんまりにもほどがある。驚いてロウリィの袖を掴んだら「行きますよ、カザリアさん」と背を押された。
 手を引かれて、半ば引きずられながら足を繰り出す。どんどん玄関に近づいているのが分かるから、ますます憂鬱な気分になる。
「カザリアさん、ここは王都に比べたら、随分と雪が降るんですよ」
「げ」
 思わず呻けば、前を歩くロウリィが笑ったのが雰囲気で分かった。
「今から閉じこもってると、あとあと大変ですよ。庭の方にもここ一週間出てきてないってルーベンが心配していました」
「……分かった。散歩が終わったらルーベンに謝ってくるから」
 それがいいと思います、とロウリィは頷いた。
 ロウリィは珍しく速足で歩く。ちょっとの間も足を止めることができないくらいに。
 それがなぜだかどうしても居心地が悪くて、外に出るまでずっと私は黙り込んでいたのだ。

 連れられて出た玄関の向こうは、思った通り風が強くて、頬が痛くなるくらい冷たくって、寒くって。けれど、部屋の中とは比べ物にならないくらい、すっきりと空気が澄んで、空はのびやかに晴れ渡っていた。

special thanks!「カザリアとロウリエのほんわかぽやぽや話。ロウリエがカザリアをたしなめる話」





紅の薄【少女とおじさん】


 実己、実己、と呼ぶいとけなき声に、確かな安堵を覚える彼は、だが、何の心構えもなく振り向いて、ぎょっとすることが度々あるのだ。
「見て、実己、うさぎ」
 ふわふわ、きもちいの、とうさぎの尻に頬を擦り寄せる紅に、実己はこの日も絶句した。
「紅……なんて持ち方してるんだ」
 少女に力いっぱい握りしめられているあげく、上下逆さの状態でじたばたと暴れているうさぎをいっそ不憫に思う。大方、山から下りてきて、畑の辺りで草でも食べていたところを紅に捕まってしまったのだろう。
 実己は紅からうさぎを取り上げると、うさぎの頭を本来あるべき位置に戻して、少女の腕の中に返した。何事もなかったかのように、今度はうさぎの頬へ鼻を擦り寄せた紅は「草の匂い、くさい」と言って、脈絡もなく嬉しそうに笑う。
 実己、実己、と少女は、左手にうさぎを捕らえたまま、実己のいる方へもう片方の手を伸ばす。
 どうした、と少女の眼前に腰を下ろした実己は、顔の両側にうさぎと紅の顔をそれぞれぺたりと擦り寄せられて瞠目した。
 うさぎの毛は泥を巻き込んでいるからだろう。紅が言うようには柔らかくは感じず、むしろところどころ擦れる石粒が痛いほどだった。
 けれども。
 実己は噴き出す。何が楽しいのか、けたけたと笑い続ける少女につられるのはそれほど時を要さなかった。
 彼は、膝の上に少女を抱え込むと、紅と一緒になってひとしきり笑った。
「実己」
 少女は、うさぎの首元に鼻先を埋めたまま彼の名を呼ぶ。
「今日のごはんはうさぎ鍋だね」
「あぁ、そうだな」
 おいしいといいね、と言う彼女に、実己は「そうだな」と頷いた。





Panorama of Paranoia
【紺の男と花の女】


「カセン」
 花束を片腕に抱えた娘は、花園に変わらず佇む紺の長髪の男に呼びかけた。声はきちんと届いたのだろう。こちらに顔を巡らせた男に、ユンフォアは表情を綻ばせると空いている腕をいっそう高くあげた。
 自然急き始めた気持ちを押さえて、彼女は地を埋め尽くす花の合間を抜ける。
 カセンは、その場を動くことなく娘を出迎えた。いつも読みとりにくい微笑を口元に刷く男はこの日もわずかに笑むだけなのに、見通せない紺の眼差しに親しみに似た感情を垣間見せたりもする。その度にユンフォアは安堵した。ここに来ることを、自分はこの庭の主に許されている。少なくともそれはユンフォアに与えられたものだった。
 ユンフォアは胸の内のほろ苦さを男に倣って微笑にすり変え、彼に指を伸ばした。滑らかに流れる紺髪にくっついている緑葉を彼女は指先で払う。
「お茶を、淹れるわ」
 ユンフォアは、カセンを見上げて伺いをたてる。自ら手に取り、繋いだ彼の手を、しかし強く握ることはできずに、彼女は心許なくカセンの手を引いた。
「ユンフォア」
 カセンは彼女の危惧など気づきもせずに、娘に合わせて歩き出す。
「途中で摘んできたの?」
 ユンフォアが腕に抱えている白い花束に目を配って、カセンは問うた。
「ええ。咲いてて綺麗だったから。白くて丸くてお月様みたいでしょう? カセンにも見せたくなったの。きっとこの庭のどこかにもあるんでしょうけど、見つけるのは大変そうだから」
 ここの花は手折ってはいけないし屋敷に飾るには不便でしょう? とユンフォアは最後に言い訳めいた理由を付け加える。
「へぇ。屋敷に飾るのかい?」
「駄目かしら?」
「駄目ではないよ。構わない」
「なら、飾るわ」
「うん、そうするといいよ」
「カセン」
「どうしたの?」
「嫌ならいいのよ?」
「なぜ?」
 カセンは、本当に不思議そうに問いかけてくる。彼を見上げるユンフォアは、口を引き結んだ。こんな時に込みあげてくる衝動のまま、泣き喚いたり怒ったりする無垢さはもうとっくの昔に置いてきた。
 分からないのならそれでいいと思う。ユンフォアにも分からないことばかりだ。これから先もきっとずっと分からない。
 それでも。
 ユンフォアは、精一杯笑って首を振る。
「嫌じゃないならいいのよ」
 カセンは傾いだままの顔をかすかに顰めた。
「ユンフォア」
「お茶にしましょう。カセン。早く」
 ユンフォアは、歩を速めた。まるで、無邪気にはしゃぐ少女のように。
 二人が辿る道の後。実りのない空間で、花だけが今日も咲き誇る。







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