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 夜のお茶会を終えると、夫はいそいそと寝台にあがり掛布の中へと潜りはじめた。
 横になって掛布をかぶった途端、早くもうつらうつらしだしたのか、すでに瞼が落ちはじめている。
「本当に何もしなくてよろしいのですか?」
 私がそう問うと、彼はほややんと微笑んだ。どうやら相当眠いらしい。彼は目を閉じたまま口を開く。
「ああ、ちゃんとしましたから、安心してください。今日のところは寝台にも何も仕掛けられていません。毒に関しては一応詳しいので信頼してもらって結構ですよ」
 返って来たのはなんとも物騒な言葉だった。その言葉のどこが安心できるというのだろうか。
「だーかーらっ! それはどういうことなのですか! きちんと説明してください!!」
 眠りにつこうとしている夫の体をガクガクと揺すって起こす。揺すられた側の彼は「うぅ」と小さく呻き声を漏らした。
「――とりあえず、王宮よりもここが危険ということは、確か、です。続き、は、また明日……」
「だあああああああ!! 待ちなさい! ちゃんと説明してから寝なさいよ!」
 先程よりも強く夫の体を揺さぶる。だが、今度こそ眠りに落ちた彼は起きてくれなどしなかった。
 間もなくスピスピと聞こえはじめた彼の寝息を呆然と聞きながら、私もまた諦めて、おとなしく掛布の中へ入ることにしたのだ。
 毒殺という不安と恐怖よりも、夫に対するあほらしさが勝った瞬間だった。


 ピチピチと鳥が陽気にさえずる。差し込むはずの朝日は厚い雲に覆われてその光をぼやけさせていた。
 だけど、とりあえず朝が来た。訳のわからぬこの事態の事情を説明してもらえる朝が来たのだ。
 覚醒した私はむくりと起きあがると、隣でまだ夢を見ているらしい夫をすぐさま起こすことにした。
「ロウリエ様、朝です。起きてください」
 すやすやと心地よさそうに眠る彼は、私の声かけにぴくりとも反応しなかった。
 今度は肩を叩いてみる。軽く、トントンと。
「起きてください! もう、朝が来ましたよ!」
 けれど、彼は少し眉を寄せただけだった。
 それを何回続けただろうか。次第に大きさを増していく彼の肩を叩く音。
 とにかく何度も起こし続けた。にもかかわらず一向に起床する意思を見せない夫に我慢の限界がきたのも仕方のないことだと思う。

「ロウリィ! いい加減に起きなさい!!」

 ガクガクと大きく揺さぶった後、最後にバシリと彼の背中をはたいた。勢いまかせて掛布を引っぺがす。
 それと同時に、寝台の上からころりと転げ落ちた我が夫は、ようやく目を覚ましたらしかった。
「――おは、ようござい、ます……」
「おはようございます!」
 寝台の影に隠れて頭しか見えない彼は、ほやんと相好を崩して今日も朝から微笑んだ。
「ああ、今日は雨ですか」
 外は視界を遮るほどの土砂降りの雨。
「カザリアさん、昨日話していた実家に戻るという件ですが、今日戻るのはどうやら無理のようです。土砂降りの日の道行は暗殺の度合いが高まります。雨が血の匂いと気配を消してしまいます。せっかくぬかるみについた足跡も流れてしまいますしね」
 なので、今日は諦めてください、と彼は言う。
「だから、そんな物騒な説明はいらないんです! とにかく私が今置かれているこの状況について説明してください!」
「……と言われましても、昨日の夜話したことですべてなのですが」
 夫は頬をぽりぽりと掻きながら困ったように言った。
「そうですねぇ。繰り返しになりますが、ここは王宮よりも危険なんです。いつ狙われるかわかりませんし、いつ殺されてもおかしくありません。首謀者はわかっているのですが、もう公の事実なせいか、あっちも堂々としたもので、とにかく僕たちは注意するしかないんです」
「その首謀者っていうのは?」
「チュエイル家ですね」
「そのチュエイル家っていうのは?」
「あ、ほら、見えますか? カザリアさん。あそこのひときわ大きな建物。チュエイル家はあそこに住んでいるんですよ」
 彼が指さす窓の外。雨に遮られた景色の向こうに、尖塔のついているらしい建物が霞んで見えた。だが雨が降っている今の状況では、はっきりいって影にしか見えない。威厳も何も恐ろしささえ垣間見えない。
 大体、暗殺の首謀者がどこに住んでいるのかなんて、どうでもいい。
「場所がわかっていてなぜ捕まえないのですか?」
「はっきりとした証拠を残しているわけではないんですよ。彼らの使う手段は鮮やかで、たまに感心してしまいます」
 彼は朗らかに言い放ちながら、うんうんと頷く。褒めるところではないと思う。
 でも、ここで突っ込んでいたら話がそれてしまう気がしたので、あえて夫の発言を無視して問いを続けることにした。
「それで、どうしてチュエイル家に狙われるようなことになっているのです?」
「う~ん、きっと僕が彼らに嫌われているのでしょうね」
「では、なぜ嫌われているのです?」
「それは、多分、僕がいきなりここにやって来たからでしょうね」
「…………」
 なんだか、まったく説明になっていない。
 とりあえず、わかったのは夫がとても説明が下手らしいということ。
 正直なところ彼がすべてを把握しきれているのかさえ、とても疑わしかった。