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「奥様方、……何をしていらしゃるのですか?」
「うわっ! 何この状況……ものすごく既視感なんですけど」
 開いた隙間から目を離して、私とお義母様は背後から声をかけてきたバノとスタンを見上げる。
「今回は観察じゃなくて偵察」
「いやいや奥様、それどっちにしたって怖いですからね?」
 答えれば、スタンがあからさまに顔を引き攣らせる。言葉も態度もちっとも取り繕おうとしない同僚の頭を、バノは今回も無言ですかさず叩いてくれた。
 あやしいのはもちろんよく自覚している。
 でも「お義父様の様子を見に行きましょう!」と意気込んでお義母様を誘い、探しにきたら、二人とも揃ってここにいたんだから仕方がない。
 私にはよくわからない道具や薬草が所狭しと並んでいるロウリィの私室――気づかれないようにこっそりと、少しだけ開けた扉の前で、私はお義母様と一緒にしゃがみ込んでいた。細い隙間から部屋の中を覗き込む。何度覗き込んでみても変わらない状況に、私は呻きたくなった。
 私の頭の上で再び中に目を向けたお義母様が、普段の陽気な姿には似つかわしくない冷ややかな声音で「ふうん」と呟く。
「あの人、うきうきしているわね」
「していらっしゃいますね……」
「全然反省の色がないわよね? むしろ私のこと、全然気にしていないわよね?」
「ない、ですね」
「本当にもう! 今回こそきちんと謝ってくれるまで許さないんですからね」
 お義母様は、憤然と息巻く。
 部屋の中にいるロウリィは促されるまま、部屋にある細々としたものまでお義父様に案内し、質問に丁寧に答えていた。説明の合間に時折、お義父様が何かを手に取り指先で潰しては感想や意見を告げている。それに対して、ロウリィは二三何かをぽやぽやと言い添えているようだった。
「お義父様とは仲がよいのですね」
 つい漏らしてしまい、失言だと気付く。恐る恐る頭上のお義母様を伺えば苦笑していらした。
 本当のことだもの、とお義母様は首を横にゆるりと振るう。
「私の場合は、まぁ……仕方がないわね。あの人とロウリエは、父子おやこというより熱心な研究仲間の側面もありますし、薬草と毒草と、お互いが特に得意な専門分野がわかれたのもよかったのかもしれないわね」
 諦めたように呆れたように二人を見つめるお義母様の眼差しは、それでもどこか慈愛に満ちていた。
「ですからいいんですよ、私とのことは気にしなくって。ロウリエは普通に話はしてくれるのだし、一応もてなしてもくれますし。あの子はどうかわからないけど、私は困っていないもの。今はカザリアさんもいてくれるしね」
 お義母様は微笑む。そっと肩に添えられた優しい手に、何も言葉が出てこなくて私はお義母様を見つめ返すことしかできなかった。
 そんなことよりもほら、とお義母様は話題を変えるように明るい調子で、私に中を見るようを急かす。
「あれ、新作かしらね? 使い方はどうするのかしら」
「新作ですか?」
 覗き込めば、ロウリィが布袋から丸い球状のものを取り出しているところだった。ちょうど彼の片手に余るほどのそれは、カップケーキくらいの大きさがある。
「お義母様、あれはいくらなんでも大きすぎではありませんか?」
 具合の悪い時に薬としてあれを渡されたら、いくらかじっても終わらない量に余計に具合が悪くなってしまいそうだ。
「新作というよりも、材料ではないのですか? ほら、あれを細かく砕いて小さくして……」
「あら、砕いたりしたら危ないでしょう? あれをそのまま、小さくしたらまた効果が変わってしまいそうだし」
「え? あれはそのまま毒なのですか?」
 薬じゃなく? と私は首を捻る。
 え、とかすかに声をあげたお義母様は、ほほほと笑った。
「カザリアさんたら、気にしなくていいって言ったのに、励まそうとして」
「え?」
 わけがわからず助けを求めれば、バノとスタンも揃って不可思議そうな顔をしている。
「新作の爆薬でしょう」と、朗らかに告げたお義母様に、私たち三人は揃って驚きの声をあげてしまった。
「そう言えば領主様、夏に“花火”を見せてくれましたよね」
「だよな、花火なんてはじめて見たからみんな感動して……ってまさかあれ領主様のお手製?」
 バノが思い出すように呟けば、スタンも追従するようにますます目をまるくする。
「え、花火って、待って、じゃあ、……え!?」
 チュエイル家の子息が言っていたのは冗談でもなんでもなかったのだろうか。
 そう言えば前に覗いた時も“燻し玉”を作っていると言っていたことを思い出す。中に煙を出しやすい草でも詰めているのかと思っていたけれど、もしかすると爆発させて使うような代物だったのだろうか、と疑念が次から次へと湧いてくる。
「あらあらまあまあ、だって私たちの家はケルシュタイードですよ?」
 混乱する私たちに、お義母様はさも当然とばかりに言ってくる。
 そうだ。そうだった。ケルシュタイード家と火薬は、この国の歴史的において切っても切り離せない。
 火薬によって内乱を終わらせたケルシュタイード家。
 ひとたび戦争が起これば、持ち得るその知識を国に提供することが確約させられている家。
 貴族であれば、誰もが知っている有名な基礎知識。
 私だって当然、知っていたはずだった。
 だけれど、あのぽややんとしたロウリィと火薬がうまく結びつくはずもなかった。ケルシュタイード家が秘匿している火薬の製造技術はてっきり書物か何かで厳重に保管されているものと思い込んでいた。
 そうして、その知識が代々守られ引き継がれているのだと。
 あまりの驚きように察するものがあったのだろう。もしかしたら、お義母様自身も嫁いだばかりの頃、似たような目にあったのかもしれない。
 お義母様は同情するように、私に言い添えた。
「あのね、カザリアさん。火薬もね、“薬品”なのよ」
 誰からも聞いていなかったのね、とお義母様は、額に手を添え目を閉じた。
 その後、すぐ「かわりに謝りますから、ね! カザリアさん、どうか、うちの息子を見捨てないでぇ」と私を強く抱擁し、懇願してきたお義母様に、私はうまく返事をすることができたか正直自信がない。