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「皆さん揃って、何をしているんですか?」

 さすがに騒がしかったらしい。扉の向こうからロウリィに声をかけられ、私たちは覗き見が気付かれたことに少なくない気まずさを感じながら扉の前から退いた。
 すぐに内から扉が開かれる。私たち集った面々を見た瞬間、怪訝気な顔になっているロウリィに、そんな顔をしたいのはこっちなのにと、納得がいかない気分になった。
「ロウリエ様、ちょっと」
 首根っこを掴みたいのを我慢して、ロウリィの腕を引っ張る。ロウリィの向こうで、お義父様がおやおやという顔をして、にこやかに微笑んでらしたけど、気にしていられなかった。お義母様は、そんなお義父様の足を踏もうとして、さっと避けられたことに悔しそうに地団駄してらっしゃるけど、それももう見なかったことにする。

「どうしてこんなに大事なことを教えてくれないの!」

 今しがたお義母様から教えてもらったばかりの内容をロウリィに告げて問いただす。
「知らなかったんです?」
「知らなかったんです! 知るわけないでしょう、ロウリィが教えてくれていないのだから」
 今回の件は、さすがにうちの両親も知らなかったはずだ。むしろ知っていたのなら、さすがに親子の縁を切るべきかもしれない。知らなかったと信じたい。
 何せ事はケルシュタイード家の秘匿の内容であるはずなのだから。
「それは……聞かれなかったので気づきませんでした」
「気づかなかったから、聞けなかったのよ!」
 なんなのよもう、と苛立ちまぎれにロウリイの腕に突っ伏せば「隠しているつもりもなかったのですが」と困ったように慰められる。
「燻し玉の時もカザリアさん特に気にした様子がなかったですし、ご存知なのかと」
「薬とか毒の延長かな、と思ったのよ。咳を出したりとか、そういう効能の草か何かを入れたのかなって。何。じゃあ、あれもやっぱり爆発するの?」
「そう派手に爆発するようなものじゃないですよ。あくまで相手の目を逸らすための煙を出す目的で作りましたし。マヒしたら捕まえやすいかなと確かに毒草もいろいろ混ぜ込みましたけど」
 効果の範囲を広げるためにちょっと散らばるくらいですかね、とロウリィは物騒なことをさも今日の天気を語るようにほややんとのたまう。
「ロウリィは大事な説明が抜けているのよ、いっつも! ケルシュタイード家の秘匿のこと詳しく聞かなかった私も悪いけれど!」
「まぁ、カザリアさん、来ちゃったのがこんな場所でしたしね?」
「そうよ! 着いてからずっと、ほぼ毎日、毒と刺客ばかりだもの」
「出会ったばかりじゃ、まだ聞きにくかったですよね」
「そうでしょう!? 出会ったばかりで、まだ信用ならなかったロウリィの気持ちもわかるけれど」
「え? あぁ、なるほど。そっちです? そんなことは、かけらも……思いつきもしませんでしたよ」
 ロウリィは穏やかに否定する。やわらかな指先で頬をつままれて、私は顔をあげた。
「大丈夫ですから、カザリアさん。変な顔しないで?」
「変な顔ってなんなのよ、失礼ね……」
「そうですね、これはさすがに僕が悪かったですかね。正直、うちの家では普通のことすぎて失念していました。エンピティロこことチュエイルさんの家のことにばかり気を取られていましたね」
「わかるけれど」
「でもカザリアさんは、考えすぎじゃないですか?」
「ロウリィが考えなさすぎなんじゃないの?」
 ふにふにと頬をつままれ、私はロウリィの足を仕返しにつま先で踏み抜く。お義父様と違って避けられないらしいロウリィは、大人しく足を踏まれていた。次第に私のほうが申し訳なくなってきて、結局、自ら足をそろりとどかしてしまう。
「ケルシュタイード本家の子たちは代々、作り方を覚えないといけません。改良はたぶん遊び半分研究半分の、僕も含めて恐らく代々のそれぞれの趣味ですけど。カザリアさんが予想した通り、曾祖父が作ったものについての研究書も門外不出のものとして保管して引き継がれていますよ。ですが、研究書は内容が内容な分、複製をつくって持ち出すことができませんし、だからこそ、もしも家が火事になってしまったら、それこそどうしようもありませんので」
 国と王家と約束を結んでいる分、知識と技術は間違いなく正しい方法で引き継がなければならないんです、とロウリィはなんてことないようにほやほやと説明する。
「正直、僕としては毒のほうが食べられますし、興味はつきませんけど」
「食べるものじゃないでしょう、毒も」
 私の苦言には素知らぬふりをして、ロウリィは続けた。
「ほら。火薬のほうは、皆さんが楽しめるようなものや、便利に使える要素も多いので、そういう風な形で誰もが使えて考えられるようにしたいなとは願っているんですけど。でも、外の技術がまだまだうちに追いついていない分、無闇に教えるわけにもいかず難しいところですね」
「戦争なんて絶対に起こらない世の中になればいいのだけど」
 そうですね、と返された静かな相槌は、どこか祈りに似ていた。
 あのねロウリィと、私はそのどこか侵しがたい響きを割って彼に呼びかける。
「もう、……私にも関わりのある内容なのよ?」
「はい、ありがとうございます」
 ロウリィの指先が頬をはずれて私のまなじりをさする。辿られるまま、私はロウリィを見据えた。
 ありがとう、とロウリィに返すにはなんだか気持ちがくすぐったくて。
 受け入れてもらえた嬉しさは言葉にしないと伝わらないと私は知っていたはずだったけれど。
 どうしても言い出せずに、でも知らずこぼれた笑みは、もうどうしたって隠しようがなかった。