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 王の望み通り、その歌は幾人もの吟遊詩人たちによって歌い継がれた。
 海を越え、時には島国へと渡り、また海を越えて大陸へ。
 遥かなる旅路の末、悠久の時を超えた歌は、やがて数多の人の手を経て砂漠を持つ国へと辿り着く。
 その歌を紡ぐのは一人の歌姫。
 小気味のよい足踏みと共に刻まれるのは、ここではない異国の言葉だった。
 単調なリズムに乗せられた歌は優しい響きを持つ、哀しい歌。
 ここには誰も、遠い国でかつて使われたその言葉の意味を知る者もない。
 意味のわからぬ詩歌に、人々は何かを感じ、わからぬ何かに想いを馳せた。
「今日のは?」
 少年が、歌い終えたばかりの歌姫に問う。
 歌姫の視線の先にあるのは、旅の連れである少年と男だった。
 歌姫は、彼らに秘密をうちあけるように微笑みを向けた。

「今日のはずっとずっと遠い国の歌でした」

 今ではもう古の、一つの恋の物語。

 昔一人の王女がいた
 民を想い 民を愛した 王女は
 ただ一人 敵王の為に 民を裏切る

 血濡れた剣と 現れた王女
 王は 彼女を 忌み嫌う

 牢塔から響くは 楽しげなる歌声
 訪れた王に 彼女は微笑む
 儚く 強い 花のように

 いつしか 王に愛されし 王女は
 かつて愛した 民に堕ちた

 王は泣く かつて嫌った 王女のために
 確かに 愛した ひとのために

 問いかけはもう返らない
 甘い調べは響かない

 ただ 彼女は笑みを 浮かべた
 幸せなのだと 伝えるために

 私は いま 約束を 果たさん
 王が願いし 歌を刻む
 歌い継がるは 哀恋の歌

 かつて、彼女が何を想い、何を為したのか、全てを知る者はもう誰もいない。
 ただ、哀しく響く調べと共に、彼女は一つの歌となった。
 王と王女の歌物語は、約束通りに歌い継がれる。

 今日もどこかで
 いついつまでも



【終】