コーヒーカップから視線を上げた有馬は、「あれ?」と首をかしげた。
 向かいには、彼がこの喫茶店に来る時のほとんどがそうであるように、奏多がケーキを大量にほおばっている。
 一見、常と変わらぬ風景ではあるのだが、どうやら違和感の原因は奏多にあるらしかった。
 すぐにその結論に達した有馬は、彼女に対し問いかける。
「魔女子さん、化粧してる?」
 目立つほどはっきりそれと分かるものではないが、目元は普段よりくっきりとし、肌の表面もふんわりとやわらかく見えるのは明らかだ。顔立ちの印象が全体的に映えている。
 口にしていたサクランボのタルトを喉の奥へと押し込んだ奏多は、「してますよー」と答え、次なる目的地であるミニエクレアにフォークの先を向けた。
「今年の私は花の女子大生ですからね!」
「気に入ってるね、そのフレーズ」
「そうですね、割と。楽しいですよ、大学」
「へぇー。なら、よかったね」
「はい! のりちゃん達と学校違うんで、それはちょっと寂しいんですけどね。新しい友達もできましたし」
 ミニエクレアもぺろりと制覇した奏多は「おいしい!」と頬に手を当てた。いまどき、テレビの料理番組でもしないであろう、古典的な感激の仕方である。
 が、何か思うところがあったのか、奏多は幸せそうな笑みから一転し至極真面目な顔になった。
「あの、有馬さん」
「何」
「もしかしてのもしかしてなのか、やっぱりのやっぱりかなのかもしれないんですけど」
「ごめん、魔女子さん、今の言ってる意味がよくわからなかった」
「いえ、だから、もしかしたら、やっぱりそうなのかなーって、ことでですね、顔、失敗してましたか?」
「失敗?」
「お化粧、変ですか?」
「かわいいと思うよ」
「そうですか! よかった!」
「うん」
 有馬は頷き、コーヒーに口をつける。奏多は安心したのか、「お化粧、なかなか難しいんですよねぇ」とバナナのオムレットに取り掛かり始めた。
「朝早く起きなきゃいけないし。もうすでにくじけそうですよ」
「へぇ。大変だね。花の女子大生は」
「そうなんですよ。大変なんですよ」
 奏多は、オムレットをたったの三口で完食した。大分見慣れてはきたものの、有馬は『相変わらずすごいなぁ』と常々感心する。
 そうして、今日も今日とて、彼らはいつもとちっとも変わらぬ午後のティータイムを楽しんだ。
 当然喫茶店裏では、彼の全く一切これっぽっちもノミほどもむしろ微生物より極小なくらい含みのない言葉のせいで、大妄想大会が繰り広げられていたのだが、こちらも常と変わらぬ風景である。