1-1:砂漠を行く者たち【1】



 一歩進むごとに、砂漠の山はさらさらと崩れ落ちた。細かい砂の粒たちが、二人の足を掬う。
 どこまでも広がる砂の、道とは言えぬ道を、一人の少年と一人の男が歩いていた。
 太陽に熱された地面からは、陽炎が立ち上がり、ゆらゆらと揺れる。水分が失われつつある二人の額からは、もう汗すら出てきそうになかった。

「テト、大丈夫か?」

 男は、上着を掲げ持つ両腕を意識して広げた。上着がつくり出すわずかばかりの陰の中に、少年がきちんと収まっているかを確かめながら、彼は気づかしげに隣を歩く少年を見た。
 まだ幼さの残るこの少年が、自分よりも体力を持っているとは、とても思えない。今にも倒れそうに、ふらりふらりと歩く少年――テトを見ながら、本当は抱えて移動してやりたい、と思う。
 だが男は、自分自身にも、もはやそんな体力が残っていないことは分かっていた。
「うん、大丈夫」
 テトは、自分の為に陰を提供し続けてくれている男を見上げる。男がつくるこの小さな陰以外、目の前に広がる景色には、他に陰がない。
 同行者を安心させようと、テトは笑顔を形づくろうとし――けれど、途中でその表情を歪め、眉根を寄せた。
「シェラート、陰に入ってないよ?」
「悪い、ちょっとずれてたか?」
 シェラートは、上着のつくる陰がもっと広がるようにと、上着を持ち直した。それから、もう一度、少年と陰の位置を確かめる。
 しかし、男の行動を見ていたテトは、さらに顔をしかめた。
「僕じゃなくて、シェラートが陰に入ってないって言ってるんだよ」
「ちゃんと入ってるぞ?」
 テトは、自分とシェラートが入っている陰の広さを見比べて溜息をつく。
「肩しか入ってないじゃないか」
「そんなことないさ。気にするな」
 咎めるようなテトの口調。シェラートは一人苦笑した。人間に心配されるなど久しぶりである。つい、そんなことを考えてしまった彼は、自分のことを心配してくれているこの少年に、笑いかけた。
「――だけど!」
「文句が言いたいなら、ふらふらとじゃなく、しっかり歩くんだな」
「…………」
 まだ、不服そうな顔をしたまま、テトは押し黙る。無言で歩きだした少年を見やって、シェラートはまた苦笑した。


 テトは、文句を言うことに関しては諦めたが、相も変わらず、ちらちらと心配そうにシェラートの様子を盗み見ていた。
 さっきから、シェラートの顔の赤さが異常になってきている。さらに今は、その赤い顔の中にもどこか青白いものまで交じってきていた。
 シェラートは、テトのことをふらふらと歩いている、と言ったが、シェラートも同じだ。その歩き方に大した違いがあるようには到底思えない。
 明らかに今、危険なのは、テトよりもシェラートの方だった。
「シェラート……」
 自分の声が、心配と不安を多分に含んでいることにテトは気付いていた。
 もちろん、そのことにシェラートが気付いてしまうであろうことも。
 案の定、シェラートは、テトを安心させるかの如く、笑みさえ向けながら言う。
「大丈夫だ。それにもうそろそろ水場が見えてくるはずだからな」
 おぼつかない足取りに対して、しっかりとした強い語調。
 しかし、ふっとテトの頭上から、影が消えたのもまた、その時であった。

「シェラート!」

 鋭い陽光が、直接肌に突き刺さる。
 男の重みで、砂の山がまた一つ、さらさらと無情な音を立てて崩れ落ちた。
「熱っ!」
 倒れたシェラートを助け起こそうと伸ばした手。男の体に触れたテトは、あまりの熱さに驚いた。ひどい熱である。
「だから、言ったじゃないか!」
 テトは、怒ったように叫んだ。でないと、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「誰か……!」
 少年は、首を巡らせ、辺りを見渡す。だが、そこには、灼熱の砂漠が広がるばかり。当然ながら、周囲に人の陰など一つも見当たらなかった。
「泣くな! 泣くな! 泣いたってどうにもならないことなんかもう充分すぎるほど分かってるじゃないか!」
 テトは、自分に言い聞かせて、立ち上がる。
 シェラートは、もうそろそろ水場に辿りつくと言っていた。きっと、もうそんなに遠くはないはずだ。
 テトは、これ以上シェラートに太陽の熱が当たらないようにと、先程まで自分に陰を与えてくれていた、彼の上着をシェラートの上に被せた。

「すぐに戻って来るから、待ってて!」

 そうして、テトは、つい先刻までシェラートが見据えていた方向へと、一人駆け出した。