ラピスラズリのかけら 1:奇妙なめぐり合わせ 2砂漠を行く者

 

 一歩進む度に、砂漠の山がサラサラと零れ落ちる。細かい砂の粒たちが、二人の足をすくう。
 どこまでも広がる砂の、道とはいえぬ道を一人の少年と一人の男が歩いていた。
 太陽に熱された地面からは陽炎が立ち上りゆらゆらと揺れる。水分が失われつつある二人の額からは、もう汗すら出てきそうになかった。
 
 「テト、大丈夫か?」
 
 男は自分の上着で作った陰の中に少年がきちんと入っているかを確かめながら、気づかしげに隣を歩く少年を見た。
 まだ幼さの残るこの少年が自分より体力を持っているとは、とても思えない。今にも倒れそうに、ふらふらと歩く少年、テトを見ながら、本当は抱えて移動してやりたいとは思う。
 だが、男は自分自身にも、もはやそんな体力が残っていないことは分かっていた。
 
「うん、大丈夫」
 テトは自分に陰を作ってくれている男を見上げる。
 けれど、テトは彼を安心させる為に作ろうとしていた笑顔を途中で歪め、眉を寄せた。 
「―――シェラート、陰に入ってないよ?」
「悪い、ちょっとずれてたか?」
 シェラートは上着の作る陰がもっと広がるように自分の上着を持ち直し、もう一度テトと陰の位置を確かめた。
 しかし、それを見ていたテトは、さらに顔をしかめた。
 「僕じゃなくて、シェラートが陰に入ってないって言ってるんだよ」
「ちゃんと入ってるぞ?」
 テトは自分とシェラートが入っている陰の広さを見比べて溜息をついた。
「肩しか入ってないじゃないか」
「そんなことないさ、気にするな」
 
 シェラートはテトの言葉に苦笑した。人に心配されるなんて久しぶりだな、そう思いながら、シェラートは自分を心配してくれているこの少年に笑みを向ける。
 「―――だけど!!」
「文句が言いたいなら、ふらふらとじゃなく、しっかり歩くんだな。」
「…………」
 まだ不機嫌な顔をしたまま、押し黙ったテトを見て、シェラートはまた苦笑した。
 
 
 テトは文句を言うことを諦めたが、相変わらずちらちらと、心配そうにシェラートを見続けていた。シェラートの顔がだんだん険しくなってきていると、テトは感じていたのだ。
 さっきから、シェラートの顔の赤さは異常になってきている。さらに今は、その赤い顔の中にも、どこか青白いものも交じってきていた。
 シェラートは自分がふらふらと歩いていると言ったが、シェラートも同じだ。その歩き方に違いがあるようには、とても見えない。
 明らかに今危険なのは自分よりもシェラートの方だった。
 「シェラート……」
 自分の声が心配と不安を含んでいることにテト自身も気づいていた。
 もちろんそのことにシェラートが気付いてしまうであろうことも。
 案の定、シェラートはテトを安心させる為に笑みを向けながら言った。
「大丈夫だ。それにもうそろそろオアシスが見えてくるはずだ」
 
 しかし、その時ふとテトの頭上から陰が消えた。
 
「―――シェラート!」
 
 男の重みで砂の山がまた一つサラサラと崩れる。
 
「熱っ!」
 
 倒れたシェラートを起こそうと手を伸ばしたテトは、その男の体の熱さに驚いた。ひどい熱である。
「だから言ったじゃないか!」
 テトは怒ったように言ったが、今にも涙が零れ出そうだった。
 
「誰か……!!」
 
 周りを見渡すが、当然ながら周りに人の影など一つも見当たらなかった。
 泣くな! 泣くな! 泣いたってどうにもならないことなんかもう充分過ぎるほど分かってるじゃないか!
 テトは自分に言い聞かせて立ち上がる。
 シェラートはもうそろそろオアシスに着くと言っていた。もうそんなに遠くはないはずだ。
 テトはこれ以上シェラートに太陽の熱が当たらないようにと、さっきまで自分に陰を与えてくれていた上着をシェラートの上に被せた。
 
「すぐに戻ってくるから、待ってて!」
 
 そう言うと、テトはシェラートが見据えていた方向へと、一人駆け出した。
 
 
 
 
 

 

(c)aruhi 2008