ラピスラズリのかけら 2:宵の歌姫 7 祝福の歌

 

「―――というわけで、めでたし、めでたし」
 
 にこりと笑うフィシュアにテトがパチパチと拍手を送る。
 馬から両手を離したテトの服をシェラートが慌てて掴んだ。
「よかったね、ハッピーエンドで」
「そうね、よかったわね」
 
 ね~、と顔を見合わせる二人を見ながら、シェラートは思った。「なんか昨日よりも話が明らかに減ってないか?」 と。
 それが表情に出ていたのだろう。フィシュアは、隣で馬を歩かせているシェラートに近づいてくると、「あなたが長すぎるって言ったんでしょう?」 と小声で文句を言ってきた。
 
「まぁ、丁度いいじゃない。ほら、もう街も見えてきたし」
 
「―――お前は、ほんっといい加減だなぁ!?」
 
 呆れかえるシェラートを無視して、フィシュアは馬の歩を速めた。
 
 朝、ラルーを出発した三人は調達した馬に乗って次の街へと向かっていた。
 どこの街へ行くかは決めなかった。とにかく、急ぎの旅だから今日進めるところまで進もうという話になったのだ。
 フィシュアは宵の歌姫として馬の旅には慣れている。だから馬の扱いなどお手の物だった。
 幸いシェラートも乗り慣れている方らしい。テトを載せての二人駆けにも関わらず、難なくフィシュアに付いて来た。
 一体いつジン(魔人)が馬に乗る機会などあったのだろう、と疑問に思いながらも、それはすでに砂漠で証明されていることでもあった。
 あの時は気にも留めなかったが、割と速く馬を走らせていたフィシュアのすぐ後ろをシェラートは駆けていたのだ。
 しかも、足場の悪い砂漠で。
 テトを抱えながら、体力も限界であっただろう状態で。
 つまり、シェラートの乗馬の技術はかなり上だと言える。
 そのことに途中で気付いたフィシュアは人の往来の多い街道を避け、それに沿った別の道を使い、全速力で馬を走らせることにした。
 
 しかし、あまりにもテトが馬上でがくがくと首を揺らしていたので、「やっぱり速度を遅めようか?」 と尋ねてみると、テトはかぶりを振った。
「大丈夫。できるだけ早く着きたいから」
 気にしないで、と笑うテトの意志を汲み、フィシュアとシェラートはそれまでと変わらぬ速度で駆けてきたのだ。
 もちろん、馬の為にも必要である休憩は充分にとったが、それでも予定していたよりも半日分は早く進むことができた。
 なので、3人は日が傾き始めた頃、今日はここまでにして、明日も同じペースで進めるよう次の街でしっかり休もうと決めたのだ。
 
 近くの街へと続く街道にはたくさんの人が行きかっている。
 フィシュアとシェラートは馬の歩を駆け足から歩みへと変え、ゆっくりと街道を進んだ。
 テトの髪と同じ栗色の二頭の馬が鳴らすパカ、パカという蹄の音を聞きながら、3人はのんびりと周りの景色を楽しんでいた。
 初めは、道端に咲く小さな白い花々や時折頭上を通る大きな鳥に目を輝かせていたテトだったが、変わらない景色にすぐに飽きてしまったらしい。
 街はまだだろうかと、しきりに前を見ては溜息を吐きだした。
 そんなテトを見かねて、フィシュアはさっきまで昨日の御伽話の続きを聞かせていたのだった。
 
 
 
「テト、走るな!」
 
 やっと街について、シェラートに馬から降ろしてもらったとたんテトは走り出した。
 フィシュアに馬を押し付け、シェラートは慌ててその後ろ姿を追いかける。
 苦笑しながらもフィシュアは二人の消えた方へゆっくりとその歩みを進めた。
 
 
 
「わぁ……!」
 
 目の前に広がる光景に、テトは感嘆をあげてその場に立ち尽くした。
 丸く白い屋根を持つ大きな寺院の周りでは、たくさんの真っ白な花びらが舞い踊っている。
 そのどちらもが夕日色に輝いて、よりいっそう神秘的な世界を作り出していた。
 
「あぁ、結婚式ね」
 
 フィシュアが、「ほら」 と指さした方向には艶々とした花びらが殊更多く舞っていた。
 その中心に純白の衣に身を包んだ男女が二人。ほんのりと頬を染め、幸せそうに笑いあっている。
 それは周りの者にまで幸福を伝播させるような笑顔だった。
 
「私ちょっと歌ってこようかな」
 
 そう言うが早いか、今度はシェラートに手綱を押し付けるとフィシュアは衣を翻し、舞い散る花びらの中へ と走り出した。
 その後ろをテトが楽しそうに追いかける。
 おいっ、と言いながらもシェラートはまたテトを追いかけるはめとなった。
 
 
 
「宵の歌姫から、お二人に祝福を」
 
 フィシュアは主役の二人の前に立つとローブの両端をつまんで裾を広げ、腰を落として軽やかに礼をした。
 
 当然のことながら突然現れた女に新郎新婦、参列者ともども、仰天した。
 しかも、宵の歌姫だという。 
 こんな格好で申し訳ないのですが、と言う女の姿は確かに婚儀の場には似つかわしくはない。
 腰の辺りを細い紐で縛っただけの丈の長いローブ、その下にはズボン。
 衣装が白、ということだけがこの場に合っていた。
 けれど、やはりそれもどこか薄汚れていたのだが。
 
 それでも、純白のドレスの花嫁は頬を紅潮させて嬉しそうにお辞儀した。
 
「何よりものお祝いでございます、歌姫様」
 
 フィシュアは花のような微笑を浮かべ、もう一度軽く足を曲げてお辞儀をすると息を吸い込んだ。
 
あなたに花を贈りましょう
あなたの好きな歌とともに
 
あなたの花を受け取りましょう
素敵なあなたの歌とともに
 
代わりに何を捧げましょう?
 
何もいらぬとは申せません
 
あなたと共に純白の花を
二人で花を育てましょう
色とりどりの綺麗な花を
 
花が舞い散るその日まで
 
 
 
 
「二人に永久の幸福を」
 
 
 
 
 
 
(c)aruhi 2008