彼女は幸せだったのだ。
誰が何と言おうと。
死が二人を分かつその瞬間まで。
彼女は「幸せだ」と微笑んだのだ。
だから、あえて言おう。
『彼女は幸せに暮らしたのだ』と。
*****
その女は、血に濡れた剣を持って現れた。
淡い光を放つ金色の髪。
薄い純白の夜着。
そのどちらもが血で黒く染まり、不気味な鮮やかさを放ちながら、彼女の白い肌に纏わりついていた。
妖しく光る鋭い紫の瞳が真っ直ぐにこちらを見据え――――――――彼女は微笑んだ。
そう、ふわりと。
まるで花のように。
それが却って不気味だった。
「お久しゅうございます。ケーアンリーブの王、ガーレリデス様。ルメンディアが第七王女、トゥーアナにございます」
「―――ああ」
「この度の戦争、もう必要ございませんことを告げに参りました」
「どういうことだ?」
トゥーアナが持っていた剣を両手で掲げる。
きっちりと剣が納まっている鞘には数知れぬほどの豪奢な飾りが模してある。だが、それは血で塗り固められたことで輝きを鈍らせていた。
「これは、ルメンディアの王継承の証。王は死にました。それに連なる王族も私を除いては生きてはおりませぬ。証がなくては貴族議会といえど力は持てません」
「確か、貴女の国には一人跡目の王子がいたはずだが……」
「先ほども申し上げた通り、王族は私を除いて命ある者はおりませぬ。跡目の王子は昨夜亡くなりました。
―――メレディ、ここに」
「はい」
王女の後ろに仕えていたメレディと呼ばれた老女が前に進み出て、抱えていた木の箱の蓋を開けた。
「―――これは……!」
周囲にどよめきが走る。
「信じていただけたでしょうか?」
入っていたのは二つの首。
紛れもなくルメンディアの王と、その息子のものだった。
まだ真新しいそれには最早生気など感じられず、どこか蝋のように血色を失った顔は白い。
それでも、辺りに漂う先ほどよりも増した鉄臭い匂いに皆が顔をしかめる。
「―――貴女はもしや自国を滅ぼしたのか?」
問いには答えずただ一人生き残った王女は艶やかに微笑む。
「全ては貴方の為。嬉しくは無いのですか?」
「―――――――」
「私は兼ねてよりずっと、ただ貴方をお慕いしておりました。再びお目にかかれて嬉しく存じます」
残虐な行為とは結びつかぬほど無邪気な微笑みに寒気を感じる。
「貴方に私の国を捧げましょう。どうぞ、私と共にお受け取り下さい」
(c)aruhi 2008