ever after 2

 

 ルメンディアの王女トゥーアナは、侍女共々すぐに牢へとつながれた。
「傍に置くのは危険だ」という臣下の忠言にこちらも異存はない。
 牢へと続く道を歩くその時でさえもトゥーアナは穏やかに微笑み、嬉しそうに見えた。
 その様子を見ながら顔をしかめると、視線に気付いたのかトゥーアナがこちらを振り返ってこう言った。
「貴方と同じ国に居られると思うだけで嬉しいのです」
 そうして、笑みを残して扉の向こうへと消えた。
 
「やはり、トゥーアナ王女の仰っていたことに相違はありませんでした。あの首が紛れもなくケーアンリーブ国王と王子のものであることは確かなようです。他に王族もいません。自ら王に名乗り出ることも証の剣がなければ不可能のようです。唯一の王族である王女が言うなら、彼らはその決定に従うという旨を伝えてきました。陛下が証を取り、王となるなら認める所存だそうです。それどころか、認めざるを得ないと言っておりました」
 ルメンディアから戻った使者の報告に驚き、思わず眉を寄せる。
「彼らがあの王女に従うと言うのか? 狂っているとすら言えるあの王女に?」
 使者は逡巡した後に口を開いた。
「―――恐れながら申し上げます、陛下。あの王女は気が違っている訳では無い、と思われます」
「どういうことだ?」
「トゥーアナ王女はとても賢い方だったそうです。それは、王や王子を凌ぐほどに。常に民のことを考え、助言していたといいます。何か策があるのだ、とそう考えているからこそ彼らは王女に付き従うのです」
「裏があるというのか?」
「そうとしか考えられないでしょう」
 頷くと、使者は深く一礼をして去って行った。
 
「どう思う、バロフ?」
 宰相として仕えるバロフは書類を整えながら嘆息した。
「まぁ、普通に考えればそれが妥当でしょうね。気をつけた方が御身の為です。今の状態では彼の姫も手の出しようがないでしょうが。油断はしないことですね」
「あぁ、俺もそう思う」
「けど、貴方なら死ぬこともないでしょうがね。一体どうすればそこまでなれるのかと言うほど強いですから。隊長格も真っ青です」
「そう言うお前は俺より強いだろうが」
「守る者が守るべき者よりも弱かったら意味がありませんからね。貴方に仕える者としての努力の賜です。感謝して下さいよ?」
「ああ、感謝してる。これからも頼むぞ?」
 バロフが肩を竦めて笑う。
 
 歌が聞こえてきたのはその時だった。
 微かながらにも、高く澄み、よく響く。
 まるで夜空のようなその歌は星のように小さく瞬く。
 それでいて子犬が跳ねているように楽しげだった。
「―――塔からですね」
 呟きと共にバロフが窓の外にそびえる塔を見上げる。
 城の端に位置するその塔には牢があり、囚人たちが収められている。
「あの王女か」
 舌打ちをして扉へと向かう。
「どこへ行くのです?」
「あの歌をやめさせる。不愉快だ」
「―――陛下!
「すぐ戻る。別に問題はないだろう」
 そう言うとバロフの嘆息と共に扉を閉めた。
 
「全く。もうあの王女の策に弄されてどうするのですか……」
 
 
 
 牢に幽閉されているのは傾国の姫とも呼べるほどの美貌の持ち主で、今は亡き王国の王女。
 その王女が誰の手によってでもなく己の手によって自国を傾けたというのだからこれほど可笑しな話は無い。
 べっとりと付いていた血が落とされた金の髪は薄暗い牢の中淡い輝きを放っていた。
 彼女の紫の目がこちらを向き、歌を刻んでいた口元が笑顔へと変わる。
「ガーレリデス様!」
 少女のような微笑みを向けられ思わず呆れを感じた。
 本当にこの王女が策を弄しているのだろうか。
 いや、そう思わせることが策なのか。
「歌うのをやめろ」
「……と、申されましても他にすることがありませんでしたので」
 トゥーアナが、ちらと自分のいる牢の中を見、苦笑する。
 すぐ傍に仕えていた彼女の年老いた侍女も刺繍を編んでいる手を止め、こちらを向いて同じく苦笑した。
 この王女が留め置かれている部屋は牢と言っても、罪を犯した名高い貴族の為のもので城にある他の部屋と変わらない。
 ただ違うのは戸と小さな窓に格子がはめられているのみ。
 机に椅子、茶器等その他必要なものは全て整えられ、床には豪奢で肌触りの良い絨毯が敷き詰められている。
 何かしようと思えばいくらでもできるはずだ。
 現に王女の侍女は刺繍を編んでいる。
「貴女も刺繍を編めばいいだろう」
「刺繍は苦手です」
「それなら何が得意なんだ? 必要なものは用意してやろう」
「必要なものなどありません。私が得意とするのは歌ですから。この口一つあれば充分でございます」
 そう言ってトゥーアナは自身のふっくらと紅い唇に人差し指で触れた。
 その仕草が妖艶で訝しさに目を細めると、王女は笑う。
「もともと私の母は何の後ろ盾も無い踊り子でした。父に見初められて後宮へと入ったのです。自身で歌いながら踊る。歌と踊りそのどちらをも得意としていたのです。だから母の歌を聞いて育った私も自然と歌が得意になったのでしょう。母が亡くなった後も父にせがまれてよく歌って聞かせました……」
「その父を殺したのはお前だろう?」
 トゥーアナはふっ、と溜息を洩らし、微笑する。
「そして、血の繋がった兄でさえも殺した」
「―――ええ」
 ただ、頷き静かに微笑む亡国の王女に嫌悪をもよおす。
「自分の親兄弟を殺し、自国を滅ぼして少しも心が痛まないのか? よくこんな所で笑って、呑気に歌っていられるものだ」
 侮蔑を持って睨みつけても目の前の瞳は揺らぎもしない。
 それに、また無性に腹が立った。
「誰よりも民のことを考えていると聞き及んでいたがそうではなかったらしいな、冷酷な姫君よ」
「―――それは違うのです、ガーレリデス様!! 姫様は……!」
「メレディ、良いのです。言っては駄目」
 尚も食い下がろうとする侍女にトゥーアナはゆっくりと首を振って「有難う」と微笑んだ。
 そして、再びこちらに向き直る。
「来て下さって有難うございました。貴方に会えて、これに勝る喜びはありません」
 穏やかに笑うその表情からは何も読み取れない。
 侍女が先ほど何を言おうとしたのかも。
 彼女が何を止めようとしたのかも。
 ただ、一つの疑問が頭をかすめる。
「―――なぜ、己の国を滅ぼした?」
「前にも言いました。ただ貴方の為。私の国が手に入って貴方にも利があったでしょう?」
「確かに。こちらの利益は大きい。貴女の国は肥沃で広大だ」
「もう一つは私の為。ただ、貴方に会いたかったから」
 紫の瞳がこちらを見上げて幸せそうに微笑む。
「例え、貴方に触れることは許されなくても、私と貴方の間に近いとは言えない距離が保たれようとも、私は貴方の国に居るというだけで、貴方と同じ城の中に居るというだけで幸せです」
「牢の中でもか?」
「ええ」
 嬉しそうに目を細めて笑う王女の怪訝さに眉を寄せる。
「一体、貴女は何を考えている?」
「何も。ただ、貴方の傍にいること以外は」
「その願いが叶うことは決してない」
「存じています。けれど、それでもいいのです」
 変わらず微笑む目の前の王女の皮肉さに苦笑する。
「変わった女だ」
 それだけ言い残すと踵を返し、牢を後にした。
 
 
 
 
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