「もう! 本当に一体何だったのよ!」
クィーナは大きなクッションにボスリと拳を打ち下ろした。
同様の感想をもったアズーはそれを見ながら苦い笑みを浮かべる。
恒例になりつつあった子供会議のくせで、今日もまた、アズー、クィーナ、シタンの子供たち三人は朝食の後、シタンの部屋へと示し合わせるでもなく集まっていたのである。
「でも良かったね。仲直りして。卵焼きも食べれたし」
無邪気な微笑みを浮かべたシタンに、アズーとクィーナも笑顔になり頷いた。本当に心から良かったと思う。また、前のような生活が戻って来たのだ。
「それにしても……」
クィーナは再び口を開く。
「本当に毎日あんなことしてたのかしら?」
網に絡み捕られて落ちてきた母を思い出す。毎日あんなことされてよく父のことを好きになったものだと不思議に思う。
「でも、母さんの方からこっちに来たんだよ? 逃げようとはしてたけど」
唯一、サーシャがカーマイル王国からダランズール帝国へとやって来たその日の瞬間を見ていたアズーの言葉にクィーナはますます首を傾げた。
「逃げようとしてたのに、何で結婚したのかしら? ますます分からないわ」
「それもそうだね」
幼すぎた為、詳細までは覚えていなかったアズーは同じく首を傾げた。
「父さんが網で母さんを捕まえちゃったんじゃない?」
シタンの言葉に兄と姉は目を瞠った。実際に先程その様子を見てきてしまった以上、否定はできない推測である。
「本当にそうだったりして」
「まさか……」
真剣に考えだしたクィーナに苦笑しつつも、やはりよく覚えていないアズーはそうだったかどうか必死で記憶の糸を手繰り寄せようと努力するはめになった。
「あー……、何か変なことになってるな……」
「そうだね……」
迷惑を掛けた子供たちに謝ろうとやって来たサーシャとガジェンは、シタンの部屋の前に立ったところで中から聞こえてきた会話に互いの顔を見合せて苦笑いを浮かべるしかなかった。
「確かに、あれはないと思う」
頷いたサーシャにガジェンは「そうか?」と口を開いた。
「けど、ああやって捕まえとかないと最終的にサーシャは自分から俺の腕の中には落ちてこなかっただろう?」
「うーーーん。……そうかもしれない」
サーシャはふわりと浮き上がるとガジェンの頬へと手を触れた。
「あの時の判断は間違ってなかったと思ってる。ガジェンの所へ来て本当に良かった」
珍しく自分から抱きついてきたサーシャをガジェンは八年前と同じように受け止める。
クスクスと幸せそうに笑う耳に心地よい声を聞きながらガジェンは滑らかにたゆたう黒髪ごとサーシャを強く抱きしめた。
「そうだな……いつか、アズー達にも話してやるか?」
「東の国の魔女と海賊の頭領の恋物語を?」
「これからも増えていくだろう物語の始まりを、だ」
こうして東の国の魔女と海賊の頭領が出会って恋に落ちた御伽話は当人たちによって子供たちへと語り継がれることとなった。
けれど、それも、今はまだ別のお話。
(c)aruhi 2008