眠れぬ夜にも、星の光があなたを照らしてくれますように

 

 心から、願います。
 
 私は知っていたから。
 
 空よりも澄んだ湖水の瞳に、慈しみが宿っていたことを。
「トゥーアナ」と私を呼ぶ声に、温かな熱が滲んでいたことを。
 何よりも、くつくつと可笑しそうに、困ったように笑う貴方の表情こそが私に「愛しい」と告げてくれていたことを。
 
 だから、私が居なくなってしまったのなら、貴方はきっと悲しんでくれるのでしょう。
 なぜなら、ガーレリデス様、貴方は本当に優しいのです。
 
 それは、考えただけで、心が震え、壊れてしまうのではないかというほど嬉しいこと。
 
 貴方はやはり怒るかもしれません。それでも、本当に嬉しいから。
 
 けれど、それは私の望みではありません。
 
 貴方にはずっと笑っていて欲しいから。その瞳に優しく穏やかな光を宿して。
 ずっと、幸せであって欲しい。その光が消えることのないように。
 
 どうか思い出して下さい。
 
 私が貴方とラルーに歌ったのは『眠れぬ夜の子守歌』
 小さな星が瞬くように、優しい記憶を奏でる歌。
 
 私が貴方の傍に居られることができるのはほんの短い時なのでしょう。
 いつかは時の砂に埋もれて消え去るもの。
 けれど、私にとっての今は何にも換えられないものだから。
 
 思い出してくれるのなら、哀しい記憶ではなく、暖かく優しい記憶を。
 
 
 隣で眠るガーレリデス様の髪にそっと触れる。夜が満ちた部屋の中、焦げ茶にも見える金茶の髪。
 
「本当に大好きですよ。これから先もずっと、愛しています」
 
 忘れないように、髪から頬へと順に触れる。
 
 だけど、頬に触れた手はすぐに引き離され、代わりに彼の口元へと引き寄せられた。
「その言葉。さっきも言っていたな」
「……起きて、いらっしゃったのですか……?」
 驚いた私の問い掛けに、彼はただ苦笑を洩らす。
「―――全く……ただ隣に居るだけじゃなかったのか?」
 やはり、どこか困ったように。それでも、その瞳に優しさを映して。
「眠ってしまうのは、勿体無くて」
「なら、少し話でもするか?」
「けれど、ガーレリデス様はお疲れでしょう? 明日も早いのです。どうぞお休み下さい」
「じゃあ、トゥーアナも眠ることだな」
 そう言って、彼は私の体ごと引き寄せる。
「これでは、ガーレリデス様のお顔が見れないではありませんか」
 少し不服そうに文句を言うと、彼はゆっくりと私の髪を梳き始めた。
 いつものように、ふわり、ふわり、と。
「見られていると気になって眠れない。諦めるんだな」
「諦められません」
「そうだな。それなら一度だけ」
 緩められた腕の中、彼は私の額に口付けを落とした。
 再び包まれた温かさに、今度は文句を言わず、彼の胸へと頭を寄せる。
「トゥーアナもラルーのように子守歌が必要か?」
「いいえ、この温もりだけで充分です」
「そうか」と彼は笑いながら、抱きしめる腕に力を込めた。
「なら、俺が眠れない時は、トゥーアナが歌ってくれ」
「貴方はもう、子供ではないのに」
 クスクスと私はただ小さく声を立てて笑う。
「子守歌は子の為の歌であって、もう立派な大人であるガーレリデス様には似合いませんよ」
「そうか?」
「そうです。だから、もしも眠れない時は心の中でそっと思い出して下さい。私が歌ったあの歌を。それならば、誰にも分かりはしないでしょう? 貴方が子守歌を聴いているなんてこと」
「トゥーアナが歌ってくれた方が早い気がするのだが」
「駄目です」
 なぜなら、それは、今はまだできない約束。
 
 もう一度落とされた口付けに、私は願う。
 どうか、そんな夜が彼に訪れないようにと。
 
 
 
 
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(c)aruhi 2008