夜伽話のその先に 8.5

 

 シタンの後について起きてきたスイは、彼の服の袖を右手で掴みながら、もう一方の手でくしくしと自分の目を眠そうにこすっていた。昨日は無造作に絡まっていた栗色の髪も、湯浴みをし、よく乾かして梳いていたので、今朝は少しばかり寝癖ではねているだけで、残りは輝きを取り戻している。
 スイを迎えての初めての朝、新たにできた妹の仕草を見やりながら、クィーナもまた、兄の服の袖を引っ張っていた。
「―――クィーナ、痛いよ……」
「でも、アズー、スイってやっぱり可愛いわ! 妹ができるってこんな感じなのね」
 隣で感動に打ち震えている妹を見て、そういえばクィーナが生まれたばかりの頃、自分も彼女と同じように妹の一挙一動にはしゃいでいたな、とアズーは思う。
「おはよう、スイ。私達の名前、覚えてる? クィーナよ。こっちはアズー。今日からスイのお姉ちゃんとお兄ちゃん」
 スイは目をこすっていた手を目から外し、腰をかがめているクィーナとその横に立っているアズーを黒い瞳でじっと見つめ、二人を小さな指で交互に指さした。
「クィーナ姉、……アズー兄……?」
 無表情ではあるが、僅かに揺れる瞳と、首を傾げる妹の姿に、二人は固まった。
けれど、それも一瞬のこと。次の瞬間には「きゃあ、可愛い!」と叫びだしたクィーナに再び袖を引っ張られながら、アズーも彼女に深く同意することとなった。
「聞いた!? クィーナ姉だって!」
「うん。アズー兄ってのは新しいな……」
 すでに妹と弟を持ってはいるが彼らは皆、アズーのことを両親同様“アズー”と呼ぶ。だから、“兄”という響きはアズーにとっても至極新鮮なものだった。
「ああ! スイとだったら髪いじって遊ぶこともできるよね。すっごく楽しみ!」
「それなら、スイにとりあえず何か髪飾り買いに行こうかな」
 きゃいきゃいとはしゃぎだした兄と姉の横を通り過ぎて、スイを連れたシタンは食卓へと向かう。
 シタンがスイを席に着かせた時、すでに朝食の準備が整い始めた食卓の上にはスープやサラダが並んでいた。
「こら、駄目だよ、スイ。手で食べちゃ」
 何の躊躇いもなく、スープに手を突っ込んで食べ始めたスイに向かってシタンが注意する。
 しかし、なぜ注意されたのか分からなかったらしいスイはシタンとスープで汚れた自分の手を見比べた。
「スープはスプーンで食べるの! あっ、もう駄目だってばぁ!」
 
 
 首を傾げ続けるスイと、彼女を叱るシタンの姿にガジェンは苦笑する。
「シタン、ほら布巾」
「ん」
 父から布巾を受け取ったシタンは、スープで汚れてしまったスイの手と口を布巾でぐいぐいと拭いた。
 嫌がりながらも、スイはシタンに為すがままにされている。
「なんか掴みはばっちりだな」
 新たにライーの粥を持ってきた妻へとガジェンが話しかけると、サーシャもまた子どもたちの様子を見ながら苦笑した。
「みんなしてあまり甘やかせすぎないといいんだけど」
「もうしばらくは無理だろうな」
「スイが笑ってみせた時には今よりもすごいことになりそうだね」
「だな」
 今はまだ表情に乏しいスイが、笑顔をみせるようになるのはそう遠くはない未来の話。
ただでさえ、スイに夢中の彼女の兄姉たちが、皆興奮して我先にと両親にそのことを告げに来るのはたった三ヶ月後の夕食時の出来事だったのだ。
 
 
 
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