ラピスラズリのかけら 少年とジン(魔人)と宵の歌姫 2

 

泡沫の淡い雫は 闇に溶け
朝日に還る 夢を見る
砂をばら撒き 掬い上げ
星を砕く 夢を見る
 
ただ一縷の望みをかけて
願うしかないのです
泣きたくても泣けない夜は
やはり あるのですから
 
いつか消えてなくなるというのなら
一体私の存在を 誰が覚えているというのでしょう
それでも私は歌い続けなければなりません
せめて心に降り積もり 誰かの糧となるように
 
甘やかなさざめきに惹かれ
触れられぬ水に落つ 夢を見た
 
 
 
 
「フィシュア様、飲み比べをしませんか?」
 
 夜を迎え、今ではもうすっかり出来上がり、各々で盛り上がっている人たち。皇都の一角で開かれた宴のたけなわ、馴染みの顔ぶればかりが並ぶ人々の間から抜け出して、ようやく戻ってきた歌姫に向かってロシュは言った。脈絡のないロシュの申し出に、フィシュアは訝しげな表情を浮かべるでもなく、ただ一言「はいっ!?」とすっとんきょうな声を返した。
 主が浮かべた何とも微妙な表情に、ロシュはひっそりと零れた笑みを一つだけにとどめ、代わりに手にしていた酒杯を掲げる。
「フィシュア様が勝ったら、オクリアでどれでもお好きな菓子を買って差し上げますよ」
「なら、十個」
「いいでしょう」
 ロシュは笑みを深めた。ここで提示する上限が十個であるところが彼女らしいのだ。いくら高級菓子店とはいえ、ロシュにしてみれば十個程度ならわけはない。
 ロシュの隣の席に腰を下ろしたフィシュアは、片手を上げて酒を頼んだ。二人のやりとりを聞いていた店員の男は、心得たとばかりにひらひらと手を振ってみせ奥へと消えた。
「ロシュ……何考えてるんだ?」
 近くに来た深い藍の双眸が、すがめられたのを見て、ロシュは「口調が戻ってますよ」と苦笑した。
 この場は皇宮でもなければ、警備隊の詰め所でもない。かつて小さかったフィストリア(五番目の姫)が定めた決まりの範囲外なのだ。つまりは、この酒場にいるフィシュアは宵の歌姫以外の何者でもない。
 フィシュアは恨めしそうにロシュを見やった後、嘆息すると、「何考えてるの、ロシュ」と改めて言い直した。
「別に何も考えていませんよ。久々にフィシュア様と飲み比べをするのも面白いのではないかと思っただけです」
 嘘つけ、とフィシュアはごちたが、それ以上は何も言わなかった。
 手の中で酒杯を遊ばせると、カランと氷がぶつかり転がって澄んだ音を立てる。
 運ばれてきた空の陶器の酒杯をフィシュアは受け取った。店員はフィシュアとロシュが着いているテーブルの上に酒壺を置く。ドンと響いた鈍い音に、自身の会話に夢中になっていた人々もピタリと話を止め、皆「おっ」と一斉に酒壺へと目線を向けた。
「飲み比べか!?」
「アデーイも入りますか、奢りますよ。もしも勝てたら言うことも聞きましょう」
「よし、乗った!」
 アデーイと呼ばれた男は、にんまりと笑みを刻むと酒杯片手に椅子を引きずってやって来た。彼の後にも、なら俺も、私もと自称酒豪たちが続く。
「ロシュは何杯飲んだの?」
 フィシュアにちらりと視線を向けられ、問われたロシュは「五杯くらいですかねぇ」と朗らかに答えた。
「ですが、気にしないでください。飲んでないのも同じですから」
「ぐっ……、今日こそ絶対勝ってやる」
 苦々しげに宣言を噛み締めたフィシュアは、酒壺を睨みつけた。
 酒壺の中で灯火を映して揺らめいているのは、乳白色の酒、チルだ。草原をゆったりと行くパカの乳と汁気の多い橙色の果実、ユアルグの果汁を組み合わせて作られるチルはまろやかな甘さがある。だが、飲みやすさに反して非常に強い酒でもあった。ダランズール帝国において『飲み比べ』と言われれば、酒はチルだと相場は決まっていた。勝敗が明確に分かれるので、昔から好んでよく使われているのだ。
「私が勝ったあかつきには、ちゃんと願いを聞いてくださいね」
「いいわよ。どうせ私が勝つから」
「なら、私が勝ったら明日は一日休みで」
 よろしくお願いしますね、と続けたロシュに、フィシュアは「また?」と彼を見返す。
「ロシュ、いっつもそればっかりじゃない。他に望みはないの?」
「どうせ勝つのはフィシュア様なのでしょう」
「まあ、そうだけど」
「なら問題ありませんよね。私は休暇が好きなんです。のんびりしたいんですよ」
「そう言って、結局休んでるのは、いつも私だけじゃない」
 フィシュアが不服そうに言うと、ロシュは「そうでしたか?」とうそぶき、飲み比べに向けて杯の中に残っていた酒を飲み干した。
 
「じゃあ、まず一杯目だ!」
 
 店主が掲げた杓子、威勢のいい号令と共に、かくして飲み比べ大会は大々的に開催されたのだ。
 
 
 
 一時もせずに酒場の床は、酔い倒れた人々で溢れ返った。狭くなってしまった通路をくぐりぬけ、店員たちは豪快に笑いながら屍累々と化した客たちを店の隅へと運んで並べる。
 チルが三杯目に突入したところで徐々に崩れ始めた人々。結局、五杯目にして残っていたのは、たったの二人、フィシュアとロシュだけだった。彼ら二人は元々大酒飲みであると知れ渡っている。酒場の店主は、予想通りの展開を面白そうに眺めながら、十五杯目となるチルを杓子で掬い、それぞれの酒杯に注いだ。
それで? とロシュはチルを舌の上で転がしながら、「ふふふー」と崩れた笑みを浮かべるフィシュアに尋ねた。
「どうしたんですか?」
「何がぁ?」
 フィシュアは、へたりと頬をテーブルにくっつけて、ロシュを見上げた。にへらにへらと緩んだ顔は、とてもじゃないが舞台の上で凛と佇んでいた歌姫と同一人物には思えない。
「フィシュア様は、あの歌がお嫌いでしょう?」 
 フィシュアとは長年の付き合いなのだ。彼女の気分と、その時分に歌う歌の組み合わせなど、ロシュにはもう分かり切っているほどに分かっている。今日の曲目の中にはフィシュアが何かわだかまりがある時にしか歌わない歌が含まれていたのだ。
 あの歌は―――代々の宵の歌姫に継がれる歌は、先代が最も愛した歌は、フィシュアが最も苦手としている歌だった。
「ちがうよー、ロシュ。嫌いだから歌うの。嫌いだから覚えておかなきゃいけないの。だから、ときどき思い出して歌わなきゃ、忘れちゃ、いけないの」
 フィシュアはとろんと瞳を閉じて、けれど、二、三度睫毛を揺らした後に、再び瞼を押し上げた。
「まだ負けてないからー」
「はい、はい」
 ロシュは作り損ねた笑みを隠すように、口元を酒杯で覆った。
「ねぇー、ロシュ? 私は水に落ちたりしないよ。落ちたく、ない」
「ええ、落とさせませんよ、絶対に。私が落とさせません。だから、安心してください」
 ロシュが穏やかに目を細めれば、フィシュアは、ふふっと笑い声を洩らした。
「ロシュは私を甘やかしすぎ」
「ホークほどではないでしょう」
「どっちもどっち」
 フィシュアは、はふっと息を吐き出すと、やって来る眠気を振り払うように、のっそりと上体を起して、酒杯を手の中で回した。ゆらゆらと揺れる乳白色の酒は音も立てずに、静かな灯を淡く煌めかせる。
「アエルナで出会った民のことは、フィシュア様のせいではないですよ」
「分かってる」
「けれど、気に留めているのでしょう。フィシュア様はすぐ顔に出ますから」
「それ、シェラートにも言われた。苦手なら嘘つくなってー」
 言ってましたね、とロシュは表面的には微笑んで相槌を打ちながらも、内実ではほろ苦さを感じてさえもいた。
 分かりやすいと言っても、そんなに簡単には見抜けたりはしないだろう。フィシュアは十を過ぎた頃、ロシュが重傷を負ったあの日を境に、隠すことが本当に上手くなったのだ。今なら些細な表情の変化から、よく分かる。けれど、それに気付いたのは、ずっと彼女に付いていたにも関わらず、大分経ってからのことだった。
 傷ついた自分自身が、二度と失態を犯さないようにと、フィシュアよりも彼女の周りに気を配っていたせいもある。シェラートは自分の何十倍も生きているのだから、そういうことに関して聡いのかもしれない。
フィシュアのことを気にかけてくれる存在が増えるのは単純に嬉しいことなのだが、ロシュにとってはちょっとばかり悔しくもあった。きっと、これに関してなら、さすがのホークも同調してくれるだろうと、ロシュは一羽の誇り高い同僚を思った。
「だけど、嘘をつきたいことだってあるじゃないっ!?」
 フィシュアは、タンッと握りしめた酒杯をテーブルに打ち付けた。とろんとしていたかと思ったら、急に威勢のよくなったフィシュアに、店主は「おっ、まだいけるか」とおかしそうにほくそ笑みながら、杓子でチルを掬い、十六杯目となる新たな酒を空になっていた杯に注ぐ。
「そうですね、その点はきっとシェラート殿は分かってくれないでしょうね」
 完全に座った目で、何かを睨んでいるらしいフィシュアを眺め、ロシュは注いでもらったばかりのチルを易々と口にした。広がる甘さは、後に残るほどではなくすっきりとしている。まろやかなのに、とロシュはチルを飲むたびに秘かに不思議に思っていた。
 視線の先をぶらさずにいたフィシュアは、だが、唐突にカクリと頭を落とした。
「―――いひゃっ……!」
「痛いでしょうね、今のは」
 落ちた頭の方はテーブルへと打ち当たり乾いた音を轟かせたのだ。店主は眦に涙まで浮かばせて、肩を揺すらせていた。
大丈夫ですか? と尋ねても、呻き声しか返っては来ない。
「こりゃ、ロシュの勝ちだな。まっ、最初っから、分かっちゃいたけどな」
 店主は空の杯を取り出すと、杓子で自分用に酒を掬い入れ、「おめでとさん」とロシュの杯と打ち鳴らした。
「んで? そのシェラートってのは誰なんだい? 知らない名だ」
 テーブルに片腕を置き向かいから身を乗り出してきた店主が、興味ありげにロシュに尋ねた。周りに散らばって成り行きを見ていた飲み比べに参加しなかったまだ意識のある面々も皆一様にこちらに耳を傾けているらしい。宵の歌姫が拠点としている皇都の住人にしてみれば、フィシュアは近しい存在なのだ。孫でもあり、娘でもあり、幼馴染みでもある、とても親しく感じる存在。だからこそ、皆、気になるのだろう。
「そうですね、なんて言うんでしょうか? シェラート殿はフィシュア様にとっては仲間なのではないでしょうかね? あと、テトという少年も。テト殿はすごいですよ。フィシュア様を言いくるめてましたからね」
 テトに関しては、本当にすごいと感心したのだ。都合の悪いことはのらりくらりと交わそうとする癖のあるフィシュアが、立ちすくんで固まっているところはなかなか見れるものではない。
 だが、ロシュの説明に対して、「それだけか」という呆れ交じりの野次があちらこちらから湧いた。
 ロシュは苦笑する。そう言われても、あの二人とフィシュアの関係性を説明する上手い言葉は浮かばないのだ。三人纏まっているのが自然のようにも思えるし、かといって、ばらけていてもそれはそれで不自然なところはない。数か月前、出会ったばかりの時の方がよほどきちんとしたことを述べることができただろう。
 初めから一貫して変わらないのは三人の組み合わせがとても奇妙だということ。それでも、しっくりと纏まって見えることもある。やはり、明確に提示するには難しいことのように思えた。
「―――テトは、すごく頑張り屋さんなの……」
 ゆったりと聞こえてきた声にロシュが目を向ければ、フィシュアはうっすらと目を開いて、ふと微笑を口元に載せていた。
「おや、起きてたのですか」
「起き、てる……負けて、ない……」
「おいおい、フィシュアちゃん、もう無理だって。やめとけ、やめとけ」
 店主ががしがしとフィシュアの頭を掻き撫でると、フィシュアは「ぐぅ」と不服げな声を漏らした。見かねた店主は「しょうがねぇなあ」と笑って、ロシュに向かって肩を竦めてみせる。
「今日のところはフィシュアちゃんの勝ちってことにしてやったらどうだ、ロシュ」
 ロシュは答えず、口をつぐんだまま乱れてしまった琥珀に光る薄茶の長い髪をとき梳かしてやった。ほつれをなくした細めの髪はさらりと流れて、けれども、少しだけある癖が波をつくる。
「フィシュア様、寂しいですか? 会えなくて」
「さみ、しい……?」
 酔っているせいか、あまり素早くは頭が働かないらしい。フィシュアはたっぷりと咀嚼して飲み込んだ後、ようやく口を切った。
「寂しい……うん、寂しい、かも……」
 とろり、とろりと、フィシュアは瞼を落とした。そうですか、とロシュは笑んで「なら、やはり私の勝ちということで」と店主に告げる。
「明日が休みになれば、テト殿たちにも会えますからね」
「ま、そういうことならいいんだがな」
「そういうことです」
 ロシュはチルの酒壺の代金をテーブルの上に置くと、「じゃあ、帰りますね」と言い、フィシュアを抱き上げた。ぴくりとも動かないところを見ると完全に眠りに落ちたらしい。恐らく、これなら起きはしないだろうが、ロシュはそっと用心して、できるだけ静かにフィシュアを抱えたまま、店員が開いて待ってくれている扉へと向かう。
「あーあ、そのシェラートって人のこともフィシュアに聞いてみようと思ったのにぃ」
 ざんねーん、と言う声が聞こえたのは、ちょうどロシュが出口に差し掛かった時だった。背に投げられた声に、ロシュは苦笑しつつ、「その答えなら多分、分かりますよ」と一度酒場の中を振り返って答えた。
「“痛みを感じてしまう”です」
 そういう方なんですよ、少なくとも私から見た限りではですがね、と。
 
 
 
 目の前をふらり、ふらり、よたよたと歩く人物に目を留めて、ロシュは「おや」と声を掛けた。
「奇遇ですね、酔っぱらいを連れてるところまで同じとは」
「できれば同じじゃない方がよかったんだけどな」
 はあ、と疲労の滲む溜息が暗い夜道に一つ落とされる。酒場を出てすぐのところ、ロシュが行き遭ったシェラートは、「ふぉっふぉっー」という高らかな笑い声と共に、よそ様の家の壁にひっつこうとしたシュザネを引っ張り戻した。シェラートに肩車をされているテトも、こっくりこっくりと船を漕ぎ、闇に溶ける黒髪に顔を埋めつつある。
「そういえば、シュザネ様の行きつけの店が、この近くでしたね」
「もう何遍も連れて来られてる。しかも、その度にこれだからな。今回は断ろうと思ってたんだが、フィシュアがこの近くで歌ってただろう? テトが会いたがってたからな」
「いらっしゃってたんですか?」
 姿は見なかったように思うのですが、と首を捻ったロシュに、シェラートは「いや」とかぶりを振った。
「人が多すぎて入らなかったから、結局シュザネのとこの酒場で聞いてた。歌だけは聞こえてきたからな。けど、何と言うか、相変わらずすごいな」
「歌っているのがフィシュア様ですからね。聞きに来る価値は充分すぎるほどでしょう」
 しかし、それならテト殿は残念がっていたでしょう、とロシュが問うと、シェラートが「まあな」と、眠っているテトの背をぽんぽんと撫でた。
 ロシュは、夢の中に落ちているテトとフィシュアを見比べて、ふっと吹き出す。
「ですが、いい所でシェラート殿に行き遭って助かりました。私はこれからまだ寄らなければならないところがあるのですよ。フィシュア様もよろしくお願いしますね」
 事態を把握できずに唖然としているシェラートから反論が返る前にと、ロシュは早々にフィシュアを押し付けた。
「シェラート殿なら転移できるので皇宮に戻るのも早いでしょう? 早く休ませて差し上げたいと思ってたんです。……っと、これを忘れてはいけませんね」
 ロシュは佩いていた短剣の一つを外すと眠っているフィシュアの手にしかと握らせた。
 流れるような一連の動作に、シェラートは諦めたのか結局何の文句も出さなかった。
「これ、ユアルグの匂いか……?」
 辺りにくゆっているのはあっさりとした癖のない果実の香り。
 ロシュは、自分たちが纏っている香りを確かめた後、首肯した。
「ええ、多分そうです。私もフィシュア様もチルを飲んだので。飲み比べをしたんですよ。ちなみに私が十六杯で、フィシュア様が十五杯の私の勝ちです」
「は!? そんなに飲んだのか!?」
穏やかにロシュは頷きを返す。
「私の方は酒には酔わないんで大丈夫ですよ。これくらいで酔ったらこの仕事は務まりませんからね。フィシュア様は今日はちょっと頑張っていた方かもしれません」
「……また、無茶してたのか」
「たまには無茶が必要な時もあるんですよ」
 片手には短剣を、もう一つの手の方はいつの間にそうなったのか、シェラートの服を掴んで眠りこけているフィシュアを眺めてから、ロシュは柔らかに目を細めた。
「とにかく申し訳ないのですが、フィシュア様のことをよろしく頼みます。
―――ただし、我が君に良からぬことをするのはやめてくださいよ。その時はいくらシェラート殿といえども容赦は致しませんので、そのおつもりで」
 ロシュがにっこりと笑みを刻むと、シェラートからは「そんなに心配なら自分で運べ」と溜息交じりの答えが返った。
「大体、フィシュアは、まだまだ子供みたいなところがあるだろう。テトより重くなった分くらいしか変わらないんじゃないか」
「失礼なこと言いますね。フィシュア様は軽いですよ、充分」
「そりゃあ、ロシュにとっては軽いだろうけどな」
 呆れと苦笑を入り混ぜて、シェラートは落ちないようにとフィシュアを抱えなおす。
 肩には少年、腕には歌姫、ついでに北西の賢者の襟首を引っ張っているジン(魔人)はなかなか見れないのではなかろうかと、ロシュは頭の片隅でぼんやりとそんなことを思いながらも、最後にシェラートへと付け加える。
「そのフィシュア様の手ですが」
 きゅっと握りしめられたフィシュアの手を指差して、ロシュは苦笑した。
「一度握るとなかなか離さないので頑張ってくださいね」
「は!?」
「ほら、フィシュア様は子供なのでしょう? だから、仕方ないんですよ」
 本当のところは、フィシュアは子供ではいられない子供だったのだが。そのことを知っているロシュはそう遠くはない昔を感慨深げに思い出す。
 心底疲れきった溜息と共に一瞬にして姿を消した四人。
 一人残ったロシュは、雲に半分覆い隠された夜空を見上げた。
 少し欠けた月は雲間にまぎれて、皇都のすみずみにまで淡い光を降り注いでいるのだろう。
 
 朝日には還さない。星は砕かせない。
 水には決して落とさない。
 
 辺りを照らす柔らかな膜は、そっと全てを包み込んでとどめる為にあるのだから。
 
 
 
 
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(c)aruhi 2009