さらうような口付けだった。
 それは、まるで強風に煽られた花びらが掠めたような、あまりにも不確かな感触であったから。
 例えでも何でもなく、ちょうどその時、あまりにもいっせいに花が舞ったために、ケルティカは半ば本気でそう思いかけていた。
 ざざん。
 花がふぶいて狂い散る。
 風に流され、視界を覆った自身の黒髪を、ケルティカは風向きに逆らって耳にかけた。
 明瞭になった視界の先で、したり顔の少年が佇む。
『して、やられたのだ』と悟った次の瞬間には、ケルティカの頬は掌に包み込まれていた。伸ばされた腕はすらりと長く、いつの間にか自分の背丈を追い越した少年の姿は、確かに流れた年月と彼らが共有した時間の重さを思わせた。
「イージ」
 呼び声を厭うようにやわく、唇に歯を立てられた。
 両手をつっぱって少年の胸を押し返そうとすれば、捉えられた顎は逆に持ちあげられ、より一層唇を押しつけられる。
 頬をさすりあげた手がケルティカの髪を掻き乱し、抱く。
 目眩が、した。
「覚悟しておいて」
 傾いだケルティカの身体を抱きとめて少年は言った。汗ばむ額を少年の胸に押し付けて、ケルティカはあらく息を吐く。震える身体はそうしていなければ、支えていられそうになかった。
「ぼくを拾ったこと、後悔するから」
 そう指摘する彼の表情はひどく苦しげで、泣きそうな顔をしながらケルティカを見つめる。少年はにがく、わらっていた。
「あいしてる」
 とん、と。ケルティカの肩を指先で押しやって、少年は逃げるように姿をかき消す。
 ケルティカは呆然と背にあたる幹の感触を辿って、ずるずると根元にへたりこんだ。
 少年がいたはずの開けた空間を見続ける。
「やれやれ」
 苦笑にも似た呆れ声で、壮年の賢者は魔女である女に言った。
「妙なものに好かれたもんだね」
 苦労するよ、と年に見合った深みを覗かせて、賢者は同情の籠った目で、蹲るケルティカを見やる。
「まぁ、それはおれも同じか」
 おかしそうに嘯いて、賢者は弟子となった少年を追い、転移した。
 頭上では、次から次に枝から離れた花びらが狂い舞う。
 取り残されたケルティカは、熱の灯った腫れぼったい唇を、一人きり、手で覆ったのだ。


001.染まりきるまでどこまでも
2012.01.13.