いやに鮮やかな青色の液体が、鍋の中で煮立っている。
 ぐつぐつと音が鳴るたびに、粘っこい気泡を次々と弾けさせている“スープ”に、イージェクは我が目を疑った。
「ねぇ。なに、これ」
 立ち上がる湯気から顔を背けて、イージェクは鍋の中身を指差す。
 露骨に嫌そうな顔をしだした少年。その傍らで、読書の友にすべく自分用の茶の準備をしていたケルティカは不思議そうに首を傾いだ。
「さっき、スープだと言わなかった?」
「言ってたけど。どう見ても人の飲めるものじゃないでしょ、これ」
「問題なく飲めるけれど」
「何がどう問題ないのか、よくわからないんだけど」
「飲んだけど、どうもなかったでしょう?」
「ちょっ! 意識混濁状態の人間に何飲ませてるのさ!」
 今朝まで寝ついていたイージェクは、自分の預かり知らぬところでこの液体を飲まされていたらしい。しれっと告げられた事実に彼は驚愕を通り越して、それ以上は何も言う気になれなかった。
 だというのに、彼にこの液体を飲ませた張本人である魔女は、気にした様子もなく、淡々と自分の作業をこなしている。
 イージェクは、ぐつぐつ煮たっている青いスープに目を戻した。
 この、青い、鮮やかな、スープを飲んだと言うのか。
 見ているだけで胃がもたれてきたイージェクは、魔女を睨みながら呻く。
「路地裏の宿なしだってもうちょっとマシなゴミあさってるよ」
「ザアグは栄養があるんだよ」
 それだけ言うと、茶の準備を済ませたらしい魔女はポットを持ってさっさと調理場を後にする。
 取り残されたイージェクは、がっくりと肩を落として、スープを横目に見やった。
 煮立ったスープは、色鮮やかなあぶくを吐き続ける。
 匂いだけならば、そうまずいものではなさそうなのが救いだった。
 意識が戻るまでの数日間、飛び起きるような強烈な味を口にした覚えもない。
 ならば一体、どんな味がするのか。彼を突き動かしたのは、単なる恐いもの見たさに似た好奇心である。
 イージェクは、ごくりと唾を飲み込んだ。
 食器棚の引き出しからスプーンを取りだし、先の方に青いスープをちょこりと浸す。
 舌の端で恐る恐るスープを舐めた彼は「あ、おい」と言いかけ、次の瞬間、不機嫌そうに口をつぐんだ。
 青いスープの毒々しさを目の当たりにしている以上、おいしい、と素直に口に出すのはなんとなくはばかられた。
 
 結局その晩、食卓に並んだ青いスープを前に、少年は一言も発さなかった。
 ただ黙々と、彼は残さず夕食を食べきったのである。

***

 数十年後。
「うわっ、師匠なんですかこれ!」
「なんだか、懐かしい反応だね」
 鍋の蓋を開けた瞬間、ぎょっとした顔になった弟子のソラリアに、ケルティカは穏やかに微笑む。
「別に、おいしいのだけれど」
「この匂いに色……ザアグですよね。そりゃあ、元がザアグなら、おいしく食べられるでしょうけど」
 言い淀んだソラリアは、杓子で青いスープを掬いあげた。重力に逆らって持ちあげた杓子の縁からは、入りきらなかったスープがもったり粘りながら垂れていく。その様子を横目で見やりながら、「これ人の食べれるものじゃないでしょう」とソラリアは不平を漏らした。
「そもそもザアグは、するものではなく、切って炊くものですよ。あるいは煮る!」
 数十年越しに告げられた真実。青い根菜ザアグの正しい調理法にケルティカはひそりと目を瞠りながらも、聞こえなかったふりをした。



022.ブルーブルーブルー
2012.01.20.
「ソラリア」
「なんですか?」
「ザアグのこと、イージェクには内緒にしておいてね」
「内緒も何も、できることなら、あのオヤジには一生会いたくないんですが!」