5:継がる名 22 絡まりのないもつれ目【3】

 

「さーて、じゃあ始めるか」
 
 オギハは、室内に集合した面々を見渡すと、机上に広げていた書類をまとめて束にし、脇に置いた。
 頷きを返す者は誰もいなかったが、それぞれが自身の場へと言葉なく動き始める。
 入口の傍に佇んでいたフィシュアは、義姉が先に行き過ぎるのを待った後、彼女の後に続いて歩を進めだしたシュザネに「老師(せんせい)」と呼びかけた。
 すぐに気付いたシュザネは、フィシュアの言葉の先を片手で制し、水色の目を和らげる。彼は、表情の硬いフィシュアを安心させるよう、皺の浮いた節くれだった手で、彼女の腕を叩いた。
「御心配なさいますな、フィシュア様。シェラート殿には、結局世話になってしまいましたが、おかげで、この通りぴんぴんしておりますからに」
 北西の賢者は、ふぉっふぉっふぉと、いつも通りに肩を揺すって笑ってみせる。昨晩、無数にあったはずの傷は綺麗に癒え、彼の顔色は何事もなかったかのように明るかった。シュザネは治癒の魔法が使えないのだと以前聞いたことがある。だから、彼の傷もシェラートが癒してくれたのだろうということは、シュザネの言葉からも、察しがついた。
 フィシュアは、今しがた横をすり抜けて行ったシェラートの背を目で追う。先程、シュザネに声をかけたのと同時に、翡翠の双眸もこちらへ向けられたことには気づいてはいた。しかし、結局、彼女は何かを発することができなかったのだ。
 シュザネは、教え子の横顔を見、静かに微笑を水色の瞳に宿す。
「フィシュア様こそ、ご無事で何よりじゃ。弟子のおらぬ儂にとっては、今のところ、フィシュア様が一番の教え子じゃからな。大事なくて、ほんに良かった」
 シュザネは、もう一度だけ、労わるようにフィシュアの腕を叩くと、先に行った彼らの元に、ゆったりとした足取りで向かった。
 
 フィシュアが、席に着いたことで、白石の長机は集った皇族によって囲まれた。人数に対して、席は随分と余っているのだが、一つの椅子には定められた位にある者しか座すことができないのが古くからの決まり事である。
招かれた側であるものの、規定に倣い、シュザネは、アーネトリア(一番目の姫)であるトゥイリカの後方――アーネトゥス(一番目の皇子)のちょうど対面にあたる場所に立つ。
 オギハは、肩越しに黒髪のジン(魔人)をちらと見やった。ジン(魔人)は、右隣に座るイオルの背後に控えながら、その実、契約者である彼女からは距離を保ち壁際に佇む。目だけで簡単に確認を終えたオギハは机を囲む同胞へと視線を戻した。
「まずは確認から。――イオル、出せ」
 イオルは無言で首肯し、後ろにいるジン(魔人)に目配せをした。
契約者の指示に応じ、シェラートは、机上の中心に伸ばした手を真横に軽く薙いだ。彼の指先が宙をなぞるにつれ、宙に裂け目が生じていく。
 一体何が起こっているのか、状況をいまいち呑みこむことのできない面々は揃って、布を切り裂いているかのようにいとも簡単にぱっくりと口を開いた宙の空間に唖然とし、目を疑った。
 白石の机の真上に、広がったのは冷たい石造りの部屋。奥に見える鉄格子の向こうには、周囲を取り囲む壁と同じ石材の通路と、壁高くにとられた灯りがあった。
 錆びかけた鉄の匂いと、湿りを帯びた独特の空気が、あたかも肌にまとわりつくようだ。
牢――と、フィシュアは、空中の裂け目に映る場所がどこであるのかを悟った。映し出されていたのは、皇宮の端にある地下牢である。
その時、突如、男が裂け目から押し出され、皆が囲む机の上に転がり落ちた。
どてっという何とも間の抜けた音と共に、石机の表面に肩から突っ込む形となった彼は、「いてててててて……」と痛む肩を摩りながら、上体を起こす。
痛さで顔をしかめ、歪んでいた男の黄の双眸が、徐々に開かれていくにつれ、フィシュアは目を見張った。
男は、皇太子妃の後ろに立つシェラートを探し出し、まっすぐに視線を据えると、口を尖らせる。
「だからさぁ、ちょっと扱いが酷すぎじゃない?」
 ぶつくさと不満をもらしながら、彼は痛めた右肩を回し動くことを確かめると、胡坐をかいて机上から降りることなくその場に鎮座した。手首に黒い紋様のある手で、組んだ自身の足首を合わせ持つ。
 フィシュアのすぐ向かいで、息を呑んだのはルディだった。
「ジン(魔人)……」
 呟かれた言葉に、黄眸の男は、目を瞬かせた。初めて自分を取り囲む人間の存在を認識したらしく、彼らを見渡す男の様子は興味津々といった風だった。
集った人間の中に、知った顔を見出して、彼は「おっ」と、巡らせていた首を留めた。指を指して、笑う。
「ディーオ・トリア(小さな姫君)だ。昨日はどうも」
「お前……」
 自分を指し示している指の持ち主を、フィシュアはねめつけた。なぜここに、という言葉を呑みこんで、彼女は布地の上から足に備え付けている短剣の感触を確かめる。目を閉じなくとも、昨夜の出来事がまざまざと蘇った。
 明るい午後の光のもと、昨夜よりも、はっきりとした顔立ちをさらしたジン(魔人)に、彼女は焦点を定める。
「なぁなぁ、主が嘆いていたよ? すっごく残念がりながら、わらってた。けど、大きくなったあんたを見られたのは嬉しかったんだとさ」
「そう」
 フィシュアは、短く答えた。
 黄眸のジン(魔人)の語りようは、おちゃらけているというよりは、旧知の友人に会ったかのようだった。それくらい、のんびりと構えた彼は、嬉々として話し続ける。彼は口元ににんまりと笑みを広げた。
「主とディーオ・トリアは仲が良かったんだってねぇ。とっても仲良さそうには見えなかっ……――へぶしっ!?」
 ビタンッと、後頭部から前方に押さえ、叩きつけられたかのような勢いで、机に顔面を打ちつけ、一人勝手に崩れたジン(魔人)に、会する一同は、ぽかんと口を開けた。唯一似たような、場面を見たことのあるフィシュアだけが、目を瞬かせる。思わず、目をそちらへ向けてしまえば、傍から見ても呆れかえっているシェラートが、机にへばりついているジン(魔人)を見て、嘆息しているところだった。
「……お前は、ちょっとくらい口を閉じられないのか」
「ならさー……ちょっとこれはなくない? 鼻が、痛いって、思いっきり」
「まだ喋るつもりか」
 言って、シェラートは、くいと人差指を上げた。つられて、ジン(魔人)の体が、見えぬ手によって引っ張り起こされる。黄眸のジン(魔人)は「おお、痛っ」と、己の鼻っぱしを手でさすった。
 その仕草に、ぶはっと噴き出したのは、ドヨムだった。彼は、腹を抱えて大袈裟に笑い始める。
「お前がやってたのか。俺、初めてお前のこと面白いと思った」
 ひぃひぃと笑い続けながら、自ら机に突っ伏した弟を斜めに見やり、ふぅと息をついたウィルナもまた、微笑する。頬を両の掌で包み載せ、小首を傾げる格好となった彼女は、「懐かしいわねぇ」とフィシュアに優しげな目を向ける。
「と言っても、私を含めて、みんなディーオ(小さい者)だったのだけれど」
「まぁ、若くて可愛くはあったよね」と、トゥイリカが引き継いだ。けれど、彼女は、口に出さずとも反論を前面に醸し出しそうな、一番歳近い弟の顔を見、「それで?」と問うた。
「この子を呼んだ理由があるのでしょう?」
「確認は済んだけどな」
 フィシュア、とオギハは呼ぶ。
 すかさず向けられた、緊張の張り詰められた顔に、彼は「お前が会ったジン(魔人)で間違いないな?」と確信のこもった確認を与えた。
 フィシュアは、恭しく頷く。
「でもって、お前のジン(魔人)の情報も偽りがないことが証明されたわけだ」
「お褒めにあずかり、光栄にございます」
 ほんのわずかだが向けられた視線に、イオルは、優雅に会釈し、微笑みを浮かべた。
 皇太子は「黄眸のジン(魔人)」と、彼らの中央に座すジン(魔人)に向かって呼びかける。
 ジン(魔人)は、きょとりとした表情をのぞかせた後、小馬鹿にしたように表情を改めた。
「その呼び方は嬉しくはないねぇ、人間の子」
「ならば、名を名乗ればいい。そうしたら、それで呼んでやろう」
「普通、そっちから名乗るもんじゃない? 目上も目上、君よりも何倍も世界は知っているよ」
「残念だが、目上なのも優位なのもこちらの方で間違いはない。自分の立ち位置をよく鑑みてみることだな」
 ジン(魔人)は黄の双眸を、皇太子から、シェラートの方へと向ける。そうして、彼は、皇太子に向き直ると、諦めて肩を竦めた。
「名はザハル。このままザハルでいいよ。何だって聞くがいいさ?」
 胡坐をかいた足首を、持ち、ふわりと宙に浮いたジン(魔人)は、鷹揚と皇太子を見下ろした。オギハは、別段気にした風もなく、ジン(魔人)を見上げ、尋ねかける。
「ザハル。お前の契約主は、ニギーラ・ナイデルで間違いないか?」
「是。いかにも。その通り。主の命を受けたんで、火ぃ点けて、店の柱折って、あの男に怪我させたでしょう? 殺すはずだったんだけど、なかなかに反射神経がよろしいようで、これは失敗。そこのディーオ・トリアを誘いだすのは成功。で、主がどうしても手元に置いときたいって言ってたから、連れて行こうと思ったんだけど、ご存じの通り、なんか余計なのまで来ちゃって、まんまと失敗。そうして、現在に至る。以上!」
 指折り数えながら、上げ連ねたジン(魔人)は、顔を上げると「他に質問は?」と問う。
 皇太子の視線を受けたシュザネは、「相違ありませぬな」と溜息に苦さを漂わせて、請け負った。
「はーい、じゃあ、俺が質問する」と、いつの間にか、笑いを引っ込めていたドヨムが上げた手を左右に振った。
しかし、「はい、じゃあ、君どうぞ」と、指し示してきたジン(魔人)の手を、ドヨムは無視した。彼が見据えていたのはシェラートの方だ。普段の快活さを逸したドヨムは「なぁ」と呼びかけると、黄ではない、もう一方のジン(魔人)に問いかける。
「どうして、ナイデルを連れてこなかった?」
「それが命だったからだ」
 シェラートの答えは端的なもの。それが全てで事実なのであることは間違いがない。ならば、と次いでドヨムが説明を求めたのは、ジン(魔人)の契約者である義姉の方だった。
 けれども、彼の疑問に答えたのは、彼女ではなく、ヒビカであった。「ドヨム」とヒビカは、弟の注意を自分へと促す。
「あれは、主犯ではありませんよ。ならば、泳がせた後に、纏めて一気に片付けた方が良いと考えたのでしょう」
「そうなのか?」と、尋ねながら、それでも、ドヨムは得心できず、眉根をひそめた。そんな弟に対し、今度は長兄であるオギハがきっぱりと「ない」と断言する。
「ああ、ないない。ナイデルだけはないな」
 オギハは、ドヨムを眺め見る。苦笑して、「そうか。フィシュアが小さかったんなら、二つ違いのお前も小さかったはずだよな。関わりもなかっただろうし、覚えがないか」と言った。
「あれは、遠くから眺めているだけでも、相当狂っていたぞ」
「可哀相な人ではあったけどね」と、トゥイリカは切なげに微笑して、付け加える。
 フィシュアは、息を詰まらせた。知られぬように衣の下に感じる短剣だけをきつく握りしめる。
「まぁ、ナイデルが上なら楽は楽だったろうけどな。餌を置いておけば、喰いつくだろう。が、その場合は統率なんか取れてはないだろうからな。どっちにしろいつでも捕らえられる」
「狂えば狂うほど、行動は読みにくいでしょうけど、特定の方向にのみ強く動くからね。対象が何か割れている分、容易い。今までほっといたのは、興味も意味もないと思っていたからだよ」
 アーネ(一)同士のやり取りに、ザハルは「うわぁ、主、ひっどい言われよう」と苦笑いに口元を引きつらせる。
同じく、彼らの言を受けて、「だから、これはこれでもいいのですよ」とヒビカは、ドヨムを諭し宥めた。ドヨムの不満は未だ見てとれるものではあるが、彼は大人しく口をつぐむより他はない。「分かった」と、低く息をついた弟に、ヒビカは「そうですか」と返すと、今度は、彼が黄眸のジン(魔人)に対して、彼自身の問いを投げかけた。
「私が、持っている疑問は、“なぜあなたが私たちの問いに答えているのか”です。ザハル、あなたは大した抵抗も見せてはおりません。そうでしょう? それが、最も疑わしい」
「疑わしい?」と、ザハルはさも不思議そうに、尋ねてきた男の眼鏡の奥にある一対の藍の瞳をまじまじと見た。だが、そこにあるのは、静かに凪を湛えていながらも、挑むような目つきで、彼の言葉を額面通りに受け取って間違いはないことをジン(魔人)は悟る。
 うーん、と首を捻って、考えてみてから、ジン(魔人)は「それって僕の言動が全くもって信じられないってこと?」と問う。
「他に何がありますか?」と、聞き返したヒビカに「やっぱり? 事実しか言ってないのに?」と言ってザハルは笑った。
「人間は時々変なことを言い出すよね。別に僕は主に逆らってはいないよ? これから先も逆らえやしないし。だけど、契約で縛られていない部分なら、何しようがこちらの勝手。そんなの当たり前でしょ」
「つまり、あなたは、契約者を裏切ると?」
「だぁから、裏切ったりなんてしないってば。何言ってんのさ」
 どうやら噛みあってすらいない気配に、ヒビカは怪訝気に眉根を寄せた。意味が通じているのかさえ、甚だ疑問である。
 だが、一方のジン(魔人)はと言うと、ヒビカのその疑問を一笑した。
「どうして、そう、人間は難しく考えるかな。裏なんてかこうとするだけ無駄だよ。抗うことすら許されないのは実証済みだからね。だって命は惜しいでしょう。そこにいるのは、王の息子なんだから」
 黄眸のジン(魔人)は、けろりと言い放つ。彼が、皇帝の息子であるオギハを見ていないのは誰の目にも明らかだった。
 ただ、彼の見据える先に存在する翡翠の双眸を持つジン(魔人)が「だから、誰が、ジジイの息子だと何度も言っているだろう」と苦々しげに言った。
 ザハルは、それを聞くと、可笑しそうに相好を打ち崩した。
「えぇー、だって王の息子は王の息子でしょう。まるっきり、その通りじゃんか。王の魔力だって、丸ごと全部受けつ――」
「やめなさいっ!」
 フィシュアは、全身から血の気が引いて行くのを感じて、さっと顔を上げた。その時には、もう口をついて出た願いは、遅かったと知る。
 机に手をつき、衝動的に席を立ち上がっていたフィシュアの喉元には、長剣の切っ先が真っ直ぐに伸びた。少しでも動けば、喉は掻き切られる。そのせいで、フィシュアは、顔を上げて、机上に乗ってこちらに切っ先をつけている長剣の主を見上げているしかなかった。
「ドヨム殿!」
 有無を言わせぬ賢者の深い諌めがかかる。にもかかわらず、ドヨムは聞く耳を持たなかった。諌めなどまるでなかったかのように、ただただ妹に剣先を向けたままのドヨムは、机上から彼女を睨み据えたまま淡々とフィシュアに話しかけた。
「やめるのは、フィシュア、お前だ。何をしようとした? あのジン(魔人)を殺してどうする。オギハが認めている以上、この場では逆らうのと同義だぞ。お前が、どういう意味を以って、そんなことするかはまだ全部は分からないがな、俺はこんなことの為に、フィシュアに協力してやったわけじゃない」
 下ろせ、とドヨムは、低く呟いた。
 フィシュアは、ドヨムを見上げたまま、ぐしゃりと顔を歪めると、抜き身の短剣を、震える手で鞘に戻した。顔を上げていなければならないせいで、手元が見えず、剣先が鞘口に当たって高く耳障りな音を上げる。
ともすれば喘ぎ動きそうになる口を、閉じる為に、フィシュアは、下唇を噛みしめた。いとも簡単に裂けた唇から、血の味が口内に流れ込む。
ドヨムの双眸に、目に見えて安堵の色が浮かぶのが分かった。
 だけど、ならば、どうすればいい、とフィシュアは、収めたばかりの短剣を絞るように両手で握りしめる。
 ようやく、フィシュアの喉元から剣先を外したドヨムは、そのまま、白石の机に剣をつきたてた。カツンと静かに音が反響する。彼は、右手で剣を支え持ち、左手で容赦なくフィシュアの頭に拳骨を落とした
 自身が落とした拳と共に、俯くこととなったフィシュアに、彼は溜息をつく。
「フィシュア、無理しろとは言わない。けど、ここは無理してでも諦めろ」
 もう一度、ドヨムは片手で妹の頭を押し下げると、剣を支えに、机の上に立ち上がった。
 フィシュアは、ストンと力が抜けたように、椅子に落ち、座した。すぐ向かいで、ルディが心配そうに、こちらを伺っている。彼女は手で両目を覆い隠すと、机に肘をついて伏せた頭を抱え持った。
 呆気にとられて、一部始終を見ていた黄眸のジン(魔人)を尻目に、ジン(魔人)同様、机上にいるドヨムは、立てていた長剣を肩に担ぎなおすと、長兄の方へ振りかえった。
「オギハぁ、今のなかったことになったりする?」
「とりあえず、お前も、それをしまえ。机からも降りろ。それから、場所とやり方を考えるんだな」
 奔放ながらも、消せぬ苦さを口の端に載せて問う弟に、オギハは苦言を呈す。ドヨムは、黙って、言われた通りに、長剣を鞘におさめた。二歩も必要とはせずに、自分の居場所に戻ってしまうと、ドヨムは、机から降りて、席に座りなおした。
 オギハは、そこまで見届けてから、「じゃあ、お前の場合は不問」と軽く言い渡す。
 予想通りの結果ではあったのだが、ドヨムは、もうこちらを見てすらいない長兄に口を曲げて見せた。
「フィシュア」と、皇太子は、相も変わらず文字通り頭を抱え、顔を下に向けている妹の名を口にした。
 フィシュアは、両目から掌を退ける。ぼんやりとした黒灰色の影が、白机に落ちているのが目に入った。ゆるゆると顔を上げながらも、視線だけは上げることができずに、いつまでも影を見つめ俯く。
こらえられなかったのか「フィシュア様……」と、彼女を労わる掠れた声が、シュザネの口から絞り出された。オギハは、白髪の北西の賢者を見咎め、フィシュアに目線を戻す。
「お前、“王の息子”が何を示すのか知っていたな。シュザネ殿には話して、なぜこっちには報告しなかった。他には何を隠している。さっき言っていたこととは、別件なんだろう?」
「……っ」
「オギハ様、ですが、これは全く以って今回の件には関係ありませぬ。フィシュア様が申し上げなかったことも道理。それに、不確かな点が多数ある情報を申し上げるのは、混乱を招くだけですぞ」
 ゆっくりとフィシュアの傍に歩み寄ったシュザネは、そっと彼女の肩に手を置いた。
「取捨選択をするのはこちらだ。知りえた情報を全て上げるのがフィストリア(五番目の姫)の役目で、それ以外はない」
 皇太子は、賢者の擁護を切り捨てる。長く息をつくと、彼は、両手を組み合わせた。
「知りえた情報を全部出せ」
 
 
 
 

(c)aruhi 2009