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 その女は、血に濡れた剣と共に現れた。




 淡く光を放つ金色の髪。
 外套の合間から覗く薄い純白の夜着は、彼女が今しがた寝室から抜け出してきたばかりなのではないのかと錯覚させる。だが一見、清らかに思える彼女の様相は、どこもかしこもどす黒い血に塗れていた。
 乾ききった血が、不気味な鮮やかさを放ちながら白い素肌に纏わりつく。
 血を吸って重くなっている裾を大理石の床に添わせ、広間の中央を歩く女の姿は、彼女が一身に纏う歪さを一切感じさせない。やがて玉座の前に辿りついた女は、このような状況下でなければ素直に感嘆できただろう優雅さで膝を折り、頭を垂れた。
 ほどなくして、あげられた面。
 目を伏せていた女は、金の睫毛に縁取られた瞼をひっそりと持ちあげる。
 整った顔立ちの中、あらわれたのはひどく澄んだ紫の双眸だった。微細に妖しい光を孕ませた双眸が、まっすぐにこちらを見据え――彼女は微笑んだ。
 そう。ふわりと。
 まるで花のように。
 それが却って不気味だった。
「お久しゅうございます。ケーアンリーブの王、ガーレリデス様。ルメンディアが第七王女、トゥーアナにございます」
「ああ」
 双方とも了解している物事を、トゥーアナは挨拶の口上として述べる。それにひとつ頷きを返して、彼女に先を促した。
 かすかに顎を引いた王女は軽やかに口を開く。
「此度の戦争、もう必要ございませんことを告げに参りました」
「どういうことだ?」
 知らず身構えた身体が前に出る。
 隣国にあたるルメンディアとの戦争。それはルメンディア側が布告してきたものだった。
 彼の国の王女であるはずのトゥーアナは、手にしていた剣を両手に抱き、腕高く掲げる。
 刀身が納められた鞘には、数知れぬ装飾が微細に至るまで施されていた。剣の豪奢さは武具というより、美術品と呼ぶ類のものであろう。だがそれも、血がこびりつき凝り固まっていることで本来の輝きを鈍らせていた。
「これはルメンディア王位継承の証。王は死にました。それに連なる王族も私をのぞいて生きてはおりません。証がなくては、貴族議会と言えど力は持てません」
 つまり、ルメンディアの権力は今ここにある、と王女は語る。一体、何が言いたいのか。一つの確認として選び出した事柄を、慎重に切りだす。
「確かあなたの国には一人、跡目の王子がいたはずだが」
「先程も申しあげた通り、ルメンディアの王族は私をのぞき命ある者はおりません。跡目の王子も昨夜息を引き取りました。
 ――メレディ、ここに」
 トゥーアナの背後に控えていた老侍女は、王女の呼びかけに応じて前に進み出る。侍女は抱きかかえていた木箱を重たげに床に降ろすと、蓋を開いた。
「これは……!」
 瞬間、集まった者たちに走ったどよめきは、だが、まもなく冷えた空気と共に静まり返る。あとにはただ周囲を探る沈黙だけが、広間を満たした。
 木箱の中身に目を配らせることすらしなかったトゥーアナは、改めてこちらを見据えると、口元を綻ばせる。
「信じていただけたでしょうか?」
 まるで、それらはただ自分の発言を証明するためのものにすぎないとでも言いたげな気負いのなさで、彼女は問う。
 入っていたのは、二つの首。
 紛れもなくルメンディアの王と、その息子のものだった。
 硬く瞼を閉ざした二つの首は、まだ真新しいと言えるもの。だが最早、生気など微塵も感じられない。どこか蝋を思わせる顔は血の気がないせいか、蒼白そのものだった。
 辺りを漂っていた鉄臭さが、木箱の蓋を取り去ったことで決定的に増す。胸を圧す異臭と光景に、居合わせた者は皆、顔をしかめた。
 この状況から導き出せる結論は一つ。
「もしや、あなたは自国を滅ぼしたのか」
 そうして、殺した肉親の首を携えここまで来たと言うのか。
 ただ一人。生き残った王女は、艶やかに笑みを広げた。
「すべてはあなたのため。嬉しくはないのですか?」
 いっそ何も知らぬようなあどけなさを伴って、彼女はやおら首を傾げる。
「かねてよりずっと、私はただただあなたをお慕いしてまいりました。再びお目にかかれたこと、とても嬉しく思います」
 残虐な行為とは結びつかぬ無邪気な微笑みに寒気を感じる。ざわめき立った広間の中で、彼女だけが異質であった。

「あなたに私の国を捧げましょう。どうぞ私と共にお受け取りください」